中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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キャンプを去り、アメリカに向かう難民

マハバードは、言葉がほとんどしゃべれない。子供を育てるのは無理だと医者からは止められた。僕が始めてアルワリード難民キャンプを訪れたのは2008年1月のことだった。
何か一生懸命しゃべろうとするが麻痺がある。「うー」「あー」とか。
最も、僕はアラビア語が得意ではなかったので、どのみち理解はできなかった。
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しかし、そのときマハバードは妊娠していた。パレスチナ人の夫は、病気の妻を抱え、本当に無事に出産できるんだろうかと不安で一杯だった。
3月生まれたての赤ちゃんがマハバードのひざに抱きかかえられていたのだ。
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kurufann

ガフランと名づけられた女の子は、すくすくと育っていった。
僕は、このお父さんよく子育て頑張ったと思う。
ガフランの目がとっても澄み切っていてなんでこんなに無垢なんだろうと。
IMG_3868

しかし、難民生活は厳しく母親も弱っていった。ガフランは、いつも髪の毛を坊主にしていたので、男の子か女の子かわからなかった。
mahaba-doのコピー

マハバードはとうとう歩けなくなって車椅子の生活だ。2012年7月。本来ならば、真っ先に第三国への定住が決まってもよさそうなのだが、弱いものの声って得てしてなかなか届かない。これが難民問題の不条理で、受入国の判断で、弁が立つ人から難民として受け入れられる。
DSC03891 (1)

しかし、とうとうアメリカが受入れを決定したという。
おめでとう。きっとガフランもきちんと教育をうけることができるだろう。お母さんのマハバードも福祉を受ける事ができるだろう。よかった。8月6日、一家はアメリカへと向かった。
バグダッドのホテルの前で、アブサイードが見送った。今まで、ガフランの成長を見るのが楽しみでキャンプがよいを続けてきたが、もう会えないとなると少しさびしい。イラク戦争では、多くの人たちが家をなくしたり故郷を失った。アメリカが始めた戦争。ある意味責任を取るのは当然だが、日本は、イラク戦争に絡んだ難民の受け入れには一切応じない。まだ、300人近い難民が、第三国への切符を求めて、テントにいるのだ。
国際社会に課せられた責任は重い。
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by kuroyonmaki | 2012-08-14 20:29