中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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ヤジッド教徒の女の子たちがレイプされている。
ISISに連れていかれ、強制結婚させられている。
昨年の10月。僕は、アメリカでヌールーズ・ファンデーションというNGOをやっているバハマンと再会。
このおっさん、ゾロアスター教徒で、イラン革命の時にアメリカに両親が亡命した。
それで、少数民族の保護とか人権に本気で取り組んでいるおっさんだ。
彼は、いろいろ顔が広いみたいで、イラクの国会議員のビアン・ダーヒルさんを紹介してくれるというので一緒についていったのだ。
ビアンさんは、昨年の8月にイラクの国会で演説しているうちに泣き崩れてしまった。
その様子は、アメリカのTVでも流された。
https://www.youtube.com/watch?v=HdIEm1s6yhY
アメリカはその後、イラクの部分的な空爆に踏み切った。
結果的にこの空爆は功を奏し、制空権を抑えて、食料を上から投下、イラク軍はヘリを回して救出作戦にでました。
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ビアンさんもこの時イラク軍のヘリに乗り込み救出作戦に参加、しかし、助けてほしいと飛びついてくる避難民にヘリがバランスを崩し、墜落。パイロットは死亡し、ビアンさんも大けがを負いました、
https://www.youtube.com/watch?v=bO1r0s2mw1k
バハマンは、アメリカからスーツケースにたくさん薬を詰めて持ってきたという。
ビアンさんは、まだ、骨折がなおっていなかった。
バハマンはその場で、ヨルダンの王室に電話してヤジッド教徒の女の子を救出する方法がないか相談している。
私は思わず聞いた。どうして、そんなにあなたは強いのですか?「シンジャールで女性たちに起きた悲しい出来事が私を強くしたのだと思う。私は、それほど強い女ではなかったもの」
日本にできることは?
「1ドルでもいい。善良な日本のみなさんがこの問題を知ってもらって支援してほしい」
といっていた。かっこいいなと思った。BBCのドキュメントの中には、クルド政府がすでに1.5百万ドルを釈放のために使っているという。最後の方には、「イスラム国」の子どもを身ごもった女性が出てくる。顔出しで話している。彼女が逃げてこれたのは、「イスラム国」支配下にあるアラブ人が逃げ出した彼女に出会い、家に匿いクルド軍のところまでこっそり連れてきてくれたという。
助ける方も命がけだ。

さあ、JIM-NETになりができる?
 
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# by kuroyonmaki | 2015-08-29 16:54 | 日本でのイベント
イブラヒム父さんが戻ってきた

 2月15日、私たちは日本のドクターたちと一緒に国境にいた。
もしかしたらイブラヒム父さんが、国境を越えてヨルダンに帰ってくるかもしれなかった。ついこの間まで、国民議会選挙の結果が出るまで国境を封鎖していたが、また17日から国境を閉じるというのでイブラヒム父さんが、戻ってこれるのは今日明日しかない。
 16日、朝ヨルダンの携帯電話がつながった。イブラヒム父さんがヨルダンに戻っていたのだ。
早速、ファートマが預けられているフセインさんの家で待ち合わせた。
ちょうど、ファートマはイブラヒム父さんと親子水入らずで遊園地に行っているという。
フセインさんの奥さんは、「ファートマは、ちょうど彼女のお母さんが死ぬ一週間前にレストランで会いました。そのときは、恥ずかしそうにお母さんに隠れていたんですよ。でも彼女が死んでから私にも抱きついてきてママと呼ぶようになったんです。でも、この間写真を見つけて、ママに会いたいというので、病院は子供が行っちゃいけないんだといいました」
ファートマは、夜はよくマットレスをかじるようだ。
「スポンジが散らばっているんですよ」
しばらくすると、イブラヒム父さんに連れられてファートマが帰ってきた。
ずいぶんと落ち着きを取り戻している。
これで、安心して、ファートマと双子の赤ちゃんもバスラに帰れる。
ブンジローも喜んでしまって、地べたに座り込んでファートマの写真を撮っていた。
しばらくすると、今度はフセインさんが帰ってきた。あれだけなついていたのに、今度はファートマがそっぽを向く。ちょっとさびしそうなフセインさんだった。

ファートマがやってくる。
 
ところが、イブラヒム父さん、住むところがない。まだ、国境は22日までしまっているが、ホテルにいると高くつく。
それじゃあ、しばらくうちに来ないかということになった。
井下おやじの住まいは3ベッドルームで、私も転がり込んだがあと一部屋あいている。
「それはありがたい」と親子がやってくることになった。
その話を、TVの取材に来ているI子さんに話した。
「えっ、おやじばかりで住んでいるんでしょ。ファートマの着替えとかどうするのよ。ブンジローもいるの」
「井下おやじはお医者さんだし、私もおやじではあるが、まもなくシリアに行くし、ブンジローおやじは別のところに住んでいるわけで、(マイケルジャクソンじゃあるまいし)ファーティマは3歳だよ。イブラヒム父さんが全部面倒を見るに決まっているじゃないか」
「それならいいけど」
なんだか、変態おやじみたいに思われているのはちと悲しい。


さていよいよイブラヒム父さんとファーティマがやってきた。
井下おやじも喜んで、ビデオを待ち構えている。ファートマが遊ぶようにと木魚や、かねを置いておいた。早速ファーティマはリズムを取って大はしゃぎ。井下おやじの尺八を取って吹き始めた??
「一番弟子にしましょうか」
ところが部屋があまりにも寒いので、結局ファーティマは、また、フセイン一家に預けられてしまった。

おやじ3人でいてもわびしいので、11ヶ月になる双子のカディージャとムハンマッドを見に行くことにした。2ヶ月たってまた大きくなったという感じ。
赤ちゃんたちをあやしているとなんとなく、ぷーんとくさいにおいがする。
これは、ウンチかなと思ったが気のせいだった。
男ばかり3人で暮らしているのを哀れに思ったのか、晩御飯を持たせてくれた。ここのところ外食か、どうしてもファーストフードになってしまいどうしたものかと思っていたのでありがたい。家に帰ってなべを開けてみると「マンサフ」という家庭料理。羊肉をこってりとヨーグルトで煮込んである、まさにスローフード。ところがこれがくっさい。ウンチかと思ったのはこのにおいだ。私は食べる前からうっとなってしまったので、昼間買っておいたカップラーメンを食べることにした。イブラヒム父さんは、「どうして食べないんだ。おいしいぞ」という。井下おやじは少し食べた。結局のこりは明日、ブンジローに食べてもらうことになった。ブンジローは、日本人には珍しくマンサフが好物なのだ。

私はそれでシリアに行ってしまったのだが、国境が開くとイブラヒム一家もイラクに帰ってしまうので、お別れを言うためにも3日で帰ってきた。
ところが、イブラヒム父さんなかなか帰る気がないようだ。ファートマもあちこち泊まり歩いているようだ。イブラヒム父さんと井下おやじと私の3人の生活が始まった。
ところが、まだ、マンサフが残っている。
ブンジローが、翌日やってきたと井下おやじが言っていたので、てっきりマンサフを食いに来たのかと思ったが、中華料理を食いに行ったという。一応冷蔵庫に入れてあるのだがこれを処分するのが怖い。数日後イブラヒムおやじが、マンサフを食おうとしていたので、さすがにやめたほうがいいよといった。結局マンサフはイブラヒム父さんが処分してくれた。
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# by kuroyonmaki | 2015-07-29 03:03

若者NGO職員たちの声

どうせなら、若いNGOスタッフの非戦論を聞いてみたい。
昨今のNGOは、この10年間で変わってきました。任意団体から法人になり、しかも政府から潤沢な補助金を受けて規模が大きくなり、運動ではなく、職業の一つとして社会的な地位を確立してきました。
今、イラクとシリアでは、内戦が激化し多くの難民、避難民が出ています。避難してきた人たちを助けるのがまさにNGOの仕事と言えますが、一方で、難民が出てこなくなるように、平和を作っていくことをしっかりとNGOがやっていかねばならない。職業的なNGOのスキルに加えて、創造的な積極的平和主義をもってして活動をしていく、そんなことを実践できる若い世代をどう育てていくのかも大事な仕事です。
今回は、JVCからアフガン担当の加藤真希さん、APLAの野川未央さん、PEACE BOATの草深レオさんらに来てもらいトークをしてもらいました。なんでNGOに入ったのという生い立ちから安保法制をどう思うかとか。
そして、学生からもSEALDsを立ち上げた奥田君が参加して、活動を紹介。
また詳細はおいおい紹介していくとして、なんかとっても希望の持てる会になりました。

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そのまま、帰宅する予定でしたが、ちょっと打ち上げに参加。
帰宅して荷物をまとめ、今イラクに向かっているところ。
さあ、これから「イスラム国」と戦ってきます。といっても、「イスラム国」と銃で交戦するのではありませんからご安心を。
アルビルに逃げてきた難民の支援です。人道支援とは何か現場から考えます!
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# by kuroyonmaki | 2015-07-04 03:01

NGO非戦ネット立ち上がる

10年以上も前に、JVCでNGO非戦ネットが立ち上がった。
僕はJVCの職員でパレスチナを担当していたが2000年に、パレスチナでイスラエルとの衝突がおこると、イスラエルはテロを根絶するといい、激しい攻撃をパレスチナに加えた。
一般市民が殺されると、遺族たちは、イスラエル市民に自爆攻撃を加える。イスラエルの報復は新たなテロしか生まず結果的に、イスラエル側にも多くの市民の犠牲者を出していた。
イスラエルは、容赦なくヘリコプターで学校や病院も攻撃してくる。当時は、「イスラエルによる国家テロ」と称し、メディアでも批判が高まっていた。しかし、2001年、911以降は、世界が協力してテロと戦うのだという風潮に、国家テロという都合の悪い言葉は消えていった。そして、アフガニスタン、イラクと立て続けにアメリカと連合軍は、戦争を仕掛けていった。NGOは、そもそも、武力を用いた、平和活動とは、一線を隔する。
常日頃から、貧困や差別といった問題に取り組み、武力衝突や、テロのない社会づくりを目指す活動を行う。
イラク戦争を止められず、その後、イラクをテロリストの温床とし、イスラム国の台頭を許してしまったことの責任はNGOなど、援助関係者にもある。
というと、え?私たちは、イラクのために、人道支援をやっているのに!と、にわかにイラクで、難民や避難民支援を始めた人たちは不思議に思うかもしれない。
NGOの危険性は、そこにある。気が付くと日本政府の政治政策に利用されてしまっているとも限らない。「人道支援」というと体よく聞こえるが、それは日本政府が支持する一方の勢力だけを支持することになれば、NGO本来の中立性を欠きNGO存続にも係る問題である。阿部総理は、昨年の、集団的自衛権の行使容認閣議決定でも、NGOを助けるために自衛隊が武器使用できるようにするというような説明をしている。こういう使われ方はいかがなものかという声がNGOでもあがる。しかし、政府資金が多く流れる昨今のNGO業界で、現政権に異を唱えることは勇気のいることである。少なくても団体を超えて、NGO職員が自分たちの意思をしっかりと表明できる社会がなくてはいけないし、それを作っていくのがNGOの使命だろう。
一方、安保法制が国会で議論され始め、日本が戦争できる国になろうとしている動きに対して、NGOが今声を出さないと、という危機感を抱いていた僕は、アーユスや、JVCに相談して、NGO非戦ネットの再開を求めたのだった。何はともあれ、7月2日、築地本願寺で設立集会が開かれた。


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# by kuroyonmaki | 2015-07-04 02:42

ペシュメルガ

ドホークのホテルに泊まっていたら、ロビーにペシュメルガの兵士がいたので話かけてみた。休暇を取って前線から離れて、ホテルでリラックスしているそうだ。携帯電話には、「イスラム国」の兵士を殺した写真とか、遺体を得意げに、足蹴にしてる写真とがが入っていた。何人殺したの?と聞いたら5人という。いつもこのホテルに泊まっているので、子どもがなついている。男の子は、お母さんが歌手でホテルに住み込みで働いているらしい。
お父さんは離婚したので、なおさら強い男に甘えたいのだろうか?
兵士は、「散髪に行く」と言って外へ出て行った。
その夜、部屋で寝ようとしていると、キャプテンが呼んでいるというので、部屋に行くと、兵士らが酒を飲んでいた。キャプテンは、350人の部隊を率いている。
「ペシュメルガは、戦争をしているのではない。国を守っているのだ。そして世界の平和を守っているのだ。我々が戦わないと日本も「イスラム国」にやられてしまう」
ふむふむ。
「君たちがやっている支援活動と同じなんだ」
ふむふむ。
「ところで、わが軍には100名のボランティア兵がいる。残念なことに、わが軍には装備もないので、靴を寄付してくれないだろうか」
と真顔で相談された。
「いや、そういう話は、もっと上のところでしてもらわないと。。」とお茶を濁す。
モスルから電話。
アラビア語で、「もう疲れた」というような泣き言が聞こえる。
兵士たちの話では、後2週間くらいでモスルを奪還するらしい。
ペシュメルガは、1200人くらいが殺されたそうだ。実はこの数はすごい。一年もたってないもの。米兵は、5年くらいで4000人
キャプテンは目がとろんとして、「ちょっと休んでくる」と言って部屋に入っていった。
明日、また前線に戻るそうだ。
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# by kuroyonmaki | 2015-04-09 13:52