中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


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2002年のイラクより

バグダッドの印象
9月21日の朝、ヨルダンのアンマンまで、イラク政府が派遣したバスが迎えに来てくれた。私は、バビロン音楽祭に参加する日本人の一行と行動を共にするために、おんぼろバスに乗り込んだ。ヨルダン砂漠を延々と走り、国境を越えイラク側に入るとミサイルを携えたサダム・フセイン像が我々を歓迎してくれる。何せおんぼろバスゆえに時間がかかる。ホテルに着いたのは朝の4時で17時間もかかってしまった。
 経済制裁のために、バグダッドの町は暗く沈みかえっているかと思われたが、道路や電気のインフラはきちんと整備されていた。街中にも、シリアやヨルダンを経由して届けられる輸入品があふれている。おそらくは、国家に金が回らないので、肝心のイラクの産業が機能せずに、高価な輸入品ばかりがやみで入ってくる。実際イラクの石油輸出額は、湾岸戦争以前の状態に戻っているという。しかしながら「イラク政府には現金を渡さない」という国連の制裁のために非常にアンバランスな状況を作り出してしまっている。ガイドをしていたサミールさんに聞くと、「確かに以前に比べれば物はあふれている。一方で確実に貧富の差が開いている。配給じゃ全く足りないのだけど、一方でいろんなビジネスができた。石油を売ったりするのは、国連が取り締まっているから、政府はあえて民間に売らせる。こういった特権の持った連中がいる。今まではパイプラインがあったが、今ではタンクローリーが長距離を走るので、国境近くの町では結構金持ちがいる。まじめに働いていたんじゃ一ヶ月数十ドルにしかなりやしない」とため息をつく。
 病院にいくと多くの子どもたちが白血病に苦しんでいる。湾岸戦争時に使われた劣化ウラン弾が原因で白血病や子どもたちの癌が増えているという。薬がないために十分な治療ができないという。国連の意思決定に時間がかかり治療に必要な薬がなかなか手に入らない。運良くヨルダンなどから闇で流れてくる薬を入手することができても、数百ドルはするので、一般庶民にとってはとても払いきれない。
「日本はかつてはイラクの朋友であった。自動車は殆どが日本製であったし、病院も日本の技術で建てられたものも多い。しかし残念ながら湾岸戦争以来、日本はいつもアメリカの背後で支援するようになっている。私たちは、日本の方々に尋ねたい。アメリカと一緒に今後もイラクの人々を苦しめようとするのかそれとも、我々の友人として振舞ってくれるのか」
マンスール教育病院のルアイ医師がはき捨てる。
 きれいな表通りとは裏腹に、下水があふれた貧民街があちこちに存在する。子どもたちの多くは、ものを売ったり、物乞いをしているありさまだ。結局、経済制裁によって、一部の特権階級(国連も含めた)が生まれたが、苦しむのは依然として普通の市民である。
 そんな中で10月15日、サダム・フセインの大統領信任投票が行われ、結果は、100%の支持率となった。街中には、祝賀ムードが漂い、あちこちに新しいサダム・フセインの肖像画が飾られた。
一緒にタクシーに乗っていた文化省のネダさんは「国民一人に2500ドルプレゼントされるらしい」とラジオのニュースを訳してくれた。彼女はそわそわして、あちこちで、真偽を質していたが、結局は噂に過ぎなかった。しかし、恩赦により囚人を全員釈放することが決まったそうだ。ネダさんは、とってもがっかりしてしまった。実際、お金をもらった人もいる。21日の月曜日には50,000組のカップルが5星ホテルでの2日間の宿泊とお祝い金を受け取ったという。ホテルの近辺では、太古とトランペットのリズムでみんな狂ったように踊り、結婚式とサダム・フセインを祝福した。こういったやり方で民衆の心をつかんでいく。
イラク人は、戦争についてどう捕らえているのだろうか。
「逃げないって?ここは俺たちの土地だ。最後まで戦うよ。後は神が決めることだ」と楽観視している人が多い。「サダムは席が欲しいわけだし、アメリカは石油が欲しいわけだ。サダムが座ったままで石油を振舞えば、戦争なんてすぐ終わってしまう」という人もいる。ある意味で、イラクは持てる国の強みというものがあるのだろう。「アメリカがいつ攻撃してくるかって?そんなのは誰にも分からない。子どものわがままは予想がつかないだろう」と赤新月社のジャマール医師は頭を抱えた。
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by kuroyonmaki | 2013-03-24 12:38 | イラク情報
10年前の、3月20日。
世界は、固唾をのんで、戦争が起こらないことを祈っていました。世界中の多くの人が、「戦争反対」を訴え、行動を起こしたことはかつてなかったのではないでしょうか?
早稲田大学で行われた、イラク10メインイベントは約500人の参加者が集いました。
全体集会では、イラク人ジャーナリストのアリ・マシュハダーニさんが、取材したイラクや、自ら米軍に拘束され拷問されたことなどを語り、19歳の息子を戦争で失ったイギリスのローズ・ジェントルさんは、悲しみと同時に、無意味な戦争をおこしたブレア首相を非難しました。そして、孫崎享さんは、日米関係しか考えない日本の外交の無力さを批判し、イラク戦争の検証を「未来」の為にもしっかりと行うべきだと訴えました。
 JIM?NETが担当した分科会では、イラクから、アルアリ医師、カリーム医師、そして、コスタリカから、劣化ウラン禁止国内法を成立させることに成功した活動家のイザベル・マクドナルドさんをゲストに迎え、被害の現状と、これから何ができるのか、話し合いました。
 イラク戦争10年を、思い出話で終わるのではなく、私たちがこれからどうするのかしっかり考えて、行動を起こす必要があります。そこで、最後には、早稲田宣言を満場一致で、採択しました。
近く、早稲田宣言は日本政府に届ける予定です。

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全大会でイラクを語るアリ・マシュハダーニ氏
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劣化ウラン弾の分科会も満員御礼
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分科会の報告を行う佐藤
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実行委員と海外ゲスト

【拡散希望】

イラクと日本および世界の平和を実現するための早稲田宣言

いかなる国や地域の人々であれ、生命や尊厳、平等という譲ることのできない権利を保障されることは、世界における自由、正義および平和の基礎です。 2003年3月に米英両国を中心として開始され、日本が支持・支援したイラク戦争は、世界人権宣言に謳われる精神とは正反対のものであることを、ここに確認します。
イラク戦争では、少なくとも11万人もの民間人の命が奪われ、現在もなお、300万人近くもの人々が、国内外での避難生活を余儀なくされるような状 態を招きました。それが「自由と民主主義」を標榜する先進諸国によって引き起こされたことは断じて許されないことであり、この戦争を止められなかった市民 社会にとっても痛恨の極みです。ファルージャなどイラク各都市での無差別虐殺や、アブグレイブ刑務所などでの組織的な拷問や虐待、クラスター爆弾や劣化ウ ラン弾など非人道的兵器の多用など、米軍ほか多国籍軍がイラクで行なってきたことは国際人道法に著しく反することは明白であり、また「人道に対する罪」にあたる可能性があります。
自国のイラク戦争への関与について検証を行ったオランダで、独立検証委員会が結論づけたように、イラク戦争は国連憲章に定められた武力行使の法的根拠を持たない、国際法上も違法なものでした。そうした戦争を日本が支援・支持したことは、日本国憲法前文の「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占める」という精神に反し、また名古屋高裁が憲法判断を示したように、航空自衛隊による米軍の人員・物資の輸送支援は、集団的自衛権の行使、参戦行為であり、憲法違反です。
これらの事実が持つ重大さは、決して風化させてはならず、日本のイラク戦争への関わりの検証は歴史的、国民的な課題です。したがって、私たちは、以下の行動を提起します。

◯政府は、第166回国会閣法第89号附帯決議に従い、イラク戦争への日本の関わりについての検証を行うこと。市民側も政府任せでなく、検証を行うこと。
◯政府は「石油の確保のため」「周辺国の脅威に対抗するため」という理由で、イラク戦争を支持するなど、自らの利益のために他者の犠牲を顧みない姿勢を改め、平和共存の道を模索すること。
◯市民は、戦争を始めた当事者たちの責任を問い、国際刑事裁判所での訴追や「普遍的管轄権」の行使を含む追及を、国際社会に求めていくこと。
◯市民は、今後もイラクの状況について関心を持ち続け、情報収集や共有に務めること。
◯政府、市民それぞれは、困窮するイラク難民・避難民や、劣化ウランが原因と思われる健康障害を抱える人々など、戦争被害者に対し、今後も、あらゆる支援を行なっていくこと。
◯政府、市民、それぞれは、平和憲法の精神に基づき、戦争に参加、支援する動きに断固反対し、あらゆる国際紛争について平和的な解決を目指すこと。
◯本宣言を、市民側は広め、協力の輪を広げていくこと。政府は政策に反映すること。

2013年3月20日、イラク10参加者一同
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by kuroyonmaki | 2013-03-24 01:15 | 日本でのイベント
2月20日と21日にイラクのアルビルで開催された、第12回JIM-NET会議DSC00090

冒頭佐藤(副代表兼事務局長)が挨拶した。
「昨年、鎌田代表が、311で何が起きたかを皆さんに説明した。20,000人が死に30万人が避難民となった。
そして、私たちはみなさんの温かい励ましに心から感謝しなくてはならない。
ここにいらっしゃる皆さんも直接励ましのメッセージをくださった方もいる。そして、我々のスタッフのイブラヒムは、2007年初めて来日した。彼は、妻を失い、落ち込んでいた。そんな時に、私の友人は、日本の歌を彼に教えた。
「あしたがある」という歌だ。そして、イブラヒムは、震災の後、日本を訪れて今度は、日本のために「あしたがある」を歌ってくれた。おそらく、後程彼は、その歌を皆さんに聞かせてくれるだろう。
たとえば、。イラク政府は、8億円を義捐金として日本に届けてくれた。それとは別に、在日イラク大使閣下は、東京マラソンに参加し、大使館員からお金を集めてくれた。
そういったイラクからの温かい友情で私たちは結ばれている。
間もなく震災から、2年たとうとしている。日本は復興したのだろうか?
日本は最近内向きになっている。多くの人々は、経済成長にしか興味が無くなってしまった。
しかし、日本人の行動規範とでもあるべき、憲法には以下のような一文がある。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」
我々は、再びイラクに目向け、がんの子どもたちの支援を続けたいと思う。今、シリアの内戦が激化している。皆さんが隣人として、心配しているように我々、日本人もやはり、この問題に目をつぶることはできないと思っている。皆さんと協力して、まずはこの会議を成功させたい。」
しかしながら、今回の会議は、バスラからの参加者はなかった。バグダッドの医師からもデーターがそろわない。データーは、患者の死亡率を正確に計算するためのもので、治療成績がよくなったのか悪くなったのかをモニターし原因を追究するためのものだ。結局、バグダッドからはセントラル小児教育病院、アルビルのナナカリ病院のデータしか集まらなかったのだ。しかも治療成績はここにきて悪くなっているのだ。
がんの治療に必要な薬。そして、輸血と、感染症対策。
+どこの病院も患者が増えて忙しく、きめ細やかな治療ができていないyという。「忙しい対策」をどうるのか、笑いごとではない。
会議を主催してきた井下は、こぼす。
「こんな状況なら、もうこれで最後の会議にする」
イラクの医師たちは、当惑した。
「イノシタがJIM-NETを離れるのか?」交流会でもイラクの医師たちが探りを入れてくる。
井下は、「それは明日発表する」と明言を避けた。
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最終日、井下は投げかけた。
「イラクの医師たちが忙しいのは理解できる。さらに、このような会議で負荷を増やしてしまう。
そして、わたしの専門性では限界だ。この会議そのものをやる意味はあるのだろうか?みんなで考えてほしい」
ドクター・マーゼンは、
「わたし達は、10年前は、エクセルというものも使ったことがなく、データーのつけ方を丁寧に教えてくれたのは、イノシタだ。
確かに、忙しい。でも忙しい中を厳しくデーターを要求してくれるイノシタがいないと、だれもそれをしなくなる。是非、イノシタにかかわり続けてほしい。」

「会議は刺激的です。いつも情報がほしい。孤立させないでほしい。イノシタの協力はいつでも必要とされている」
ナナカリーのペイマン先生は、
「わたし達は、4年前からこの会議に加えてもらった。そして、感染症対策をJIM-NETに支援してもらっているが、今回の会議でも、イノシタに指摘されたように、成果がでないことを恥ずかしく思う。それは、会議の在り方のせいではなく、私たちの管理の問題。私たちは、(彼に指摘された)問題点を改善しようと一生懸命になっている。これからもこういう場での指導を続けてほしい」
「確かに専門的なカンファレンスは、他でもできる。しかし、イラク人が集まってこうやってテーブルを囲み、話し合うことは、貴重な機会。JIM-NETがなければこのような機会は持てなかった。これからも、JIM-NET会議をやってこういう機会を作ってほしい」サルマ医師
イラクの医師たちは、驚くべき、チームワークを見せて、イノシタの引き留めに努めた。
全会一致で、JIM-NET会議の継続がきまり、イノシタが引き続きリーダーシップをとることで、一件落着した。
そして、井下医師には、金の馬賞がおくられた。
井下医師は、会議を振り返り
「バスラからデータが来なかったこと、そして、各病院の、初期死亡率が10%を超えてしまったことに危惧している。そんな中でもイラクの医師たちが私を求めていることは、嬉しいです。」と意欲を見せた。
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金の馬賞を受賞(?)

会が閉会しようとしていた時、イブラヒムが壇上に上がった。
「バスラの人たちは、JIM-NETに感謝している。特に患者の多くがJIM-NETに助けられてきた。今日私は、彼らを代表して、募金を福島の人々に届けたい。サトウは、募金は嬉しいが、患者からは集めるなといっていた。しかし、彼らの気持ちを抑えることはできない。是非、患者の家族から集まったお金を受け取ってほしい。」
イブラヒムはUSドルで625ドルを佐藤に手渡した。
そして、「みなさんと一緒に歌いたい」といって、「あしたがある」をうたった。(了)
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マーゼン先生も、イノシタ医師が去るのではないかと心配で、仕事が手につかなかったというように、イノシタの去就は、JIM-NETの存続にかかわる問題だった。改めて、イラクの医師の話をきき、井下医師のやってきたことは大きかった。医師たちの信頼を培ってきた地道な活動こそが称賛されるべきだと改めて感じることができた。
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by kuroyonmaki | 2013-03-05 02:34 | イラク情報