中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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ゼイド君に面会

今回支援をしたゼイド君に面会。
ゼイド君はファルージャ出身で現在3歳。父はエンジニアをしていますが、戦争で家が攻撃されたこともあります。バグダッドのセントラル子ども教育病院に行きましたが、治安が悪く、いっそヨルダンで治療できないだろうかと、アンマンに出てきました。父は、仕事のためファルージャに留まっています。家族がなかなか会えず、母親も不慣れなヨルダンで子育てと治療を行なっています

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by kuroyonmaki | 2012-04-27 22:20 | アンマン滞在日記
JIM-NETのこれまでのヨルダンでの患者支援は、2008年から始まり4年間で合計99744ドルになりました。支援した患者数は17名です。
残念ながら、5名が既に亡くなりました。
 キングフセインガン基金の事務局長を務めるディナ王女と打ち合わせ、今後の支援について話し合いました。私自身が、王女と初めてお会いしたのは、2007年です。
その頃は、サッカーの日本代表だった中田英寿さんが引退し、世界を旅している最中で、ヨルダンを案内して欲しいということになり、キングフセインがんセンターを案内しました。そこで、出迎えてくださったのは、デイナ王女です。
その当時は、キングフセインガンセンターにイラクの医師や看護師のトレーニングをお願いしており、井下医師がヨルダンに常駐して、専門的な情報をやり取りをしていて、キングフセインがんセンターが主催する学会の資金提供(イラク人医師の参加に要する交通費など)をしたこともありました。
ディナ王女にお会いして、イラク人の患者の治療費を集めている基金があることを知りました。ヨルダンに事務所を構えていたJIM-NETには、イラクから治療に来ている患者が訪ねてきて、治療費や生活費の援助を求めてきました。
最初は、生活費の一部の支援を行っていましたが、肝心な治療費が底をつくと治療が続けられません。そこで、2008年から、キングフセインガン基金を通して治療費を一部負担することにしました。多くはイラクで治療が受けられない骨髄移植です。ヨルダンでも治療費は1000万円以上かかります。なかなか私たちもひとりだけの子どもにこの金額を提供する事は難しいのですが、皆で少しづつ出し合うことで、可能になるのです。
キングフセインがんセンターでは、治療のおかげで一命をとりとめた子供たちが1000人に達したそうです。
「1000人の患者が助かったということは、ひとつの証ではなく、ガンが克服できるという1000の証なのです」
しかし、5人の患者が命を落としました。特にラーラは、2004年からの付き合いでした。
「最初から難しいのはわかっていました。私たちは、彼女の命を助けられなかったけれど、彼女を含め、家族らには、「希望」を与えられたのではないかしら」
それは、生きる希望というより、このように生まれてきて良かったという希望なのかもしれません。
「私たちは、日本が大変な状態だということを知っています。そんな中で、支援をしていただき感謝の気持ちでいっぱいですが、それよりどうやってお金をあつめたのですか」
そこで、私は、チョコレート募金の話をしました。
「確かに最初は、イラクの募金は集まらなかった。しかし、チョコ募金がうまく行ったので、何とか今年も支援が続けられたのです。絵を書いてくれたのは、ガンを克服したハウラという女の子です。
成功の秘訣?それは、サバイバーのハウラの気持ちがみんなにつたわったのでしょう。
ガンが克服できるという証、それは、みんなが少しずつ力をあわせないと達成できないのです。」

今回は、展覧会をヨルダンで一緒に開いている川口ゆうこさん、相澤恭行さんらと同行。
ディナさんは、以前にもまして、パワフルでした。そして何よりも驚くほど気さくなお人柄に改めて感動。ご主人のミラド王子は、地雷廃絶に世界を駆け回っていらっしゃいます。
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by kuroyonmaki | 2012-04-27 22:06 | アンマン滞在日記
ヨルダンは、現在96%の電気を海外からの化石燃料に頼っている。
2035年までに4基の原発を建設し、60%の電力を創出する計画である。第一基の原発をどこが受注するかに注目が集まっている。入札に参加しているのは、ロシアとカナダ、そして三菱とアレパの合弁会社だ。日本は、原発輸出を国是として掲げてきた。中東で原発建設の計画が盛んになって来ている。しかし、UAEでは、米国と組んだにもかかわらず、韓国に持っていかれた。ヨルダンは落とせない。そんな時、福島原発が事故を起してしまった。それでも、政府は、原発を売ろうと躍起になっている。ヨルダンは7月には最終的に受注を決定する。果たして日本は落札できるのか。

 4月20日、ヨルダンの首都アンマンを北東に50km、マフラクという町がある。原発立地予定地だ。シリアへ向かう街道沿いにあり、最近はシリア情勢の悪化により避難してくるシリア難民があふれているという。私たちの車は、金曜の8時にアンマンを出発したが、45分で到着した。
 地元で原発誘致に反対しているという団体「アリハムーナ」に話を聞いた。
ターリクさんたちは、原発が誘致されることを聞いて、2011年2月に反対運動を始めた。最初は6人だったが、今では3600人の仲間達がヨルダンにいるという。
ベースは、マフラクの青年同盟である。
「マフラクの住民は全員が原発誘致に反対しました。最終的には国王がやってきて、話を聞いてくれた。そして、マフラクの住民が厭なのなら原発はここには作らないといってくれた。そして、一ヶ月半くらい前に政府は正式にマフラクに原発を作ることを断念したのです。」住民運動の勝利だ。
 現在ヨルダンの国会議員は、120人いるが、63人は原発に反対しているという。
ヨルダン政府は、「エネルギーを海外に頼っている。自前のエネルギーを確保しないと経済成長は見込めない」という論調だが、疑問を投げかける人々も増えている。福島の事故と、ヨルダンに世界の2%のウランが埋蔵しているといわれてきたが、事実でない事がわかってきたからだ。そして、イスラエルとの関係も微妙だ。イスラエルは、福島以後は、原発を作らないことを宣言しているが、1980年代にフランスから核施設を導入し、兵器を作ってしまった。その後イラクが原子炉の建設を進めると、イスラエルは、81年に空爆。最近では、シリアが核開発の疑惑があるとして2008年にデリゾールを空爆しているのだ。ヨルダンも核兵器をつくろうものなら、空爆される可能性もある。ターリクさんも、イスラエルが攻撃してくることを恐れていた。
 -反原発を掲げて、ヨルダン政府の圧力はないのか?-
「内務省も、警察も、国会議員も味方してくれた。原子力省のハリッド・トゥッカーンは、フランスのアレパとの結びつきが強く、もうけようとしている。国王は、この問題に関しては、中立を保とうとしていて、国会などの民主的なプロセスをあえて重んじている。公式には、原発に、賛成、反対は表明していない。」
-ヨルダンでは原発を受け入れると、地域にお金が落ちるというような話はないのか-
「そんな話は聞いていない。日本ではそんな事があるのか?」
-なぜ住民運動が勝利したのか-
「1.すべての議員に意見書をだして、関心を持ってもらった。2.マフラクの人たちと勉強会、説明会を根気よくやってきた。そしてポスターを作って町のあちこちに張った。3.警察に行って、私たちが原発に反対していることを訴えた。
4.すべての環境団体、人権団体などにも協力、連帯を求めた。5.メディアに取り上げてもらった。6.政府の説明会や勉強会には、必ず顔をだして、反対を訴えた。
日本大使が現場を視察しに来た事があった。25人のマフラクの人たちが集まってきて、日本語で、原発反対と書いた紙を持って訴えた。大使は、どうして、自分達の視察をマフラクの人々が知っていて、しかも日本語で訴えてきたことにびっくりしていた。
やはりこのように私たちの運動が盛り上がったのは、福島の事故が大きかったと思う。Facebook に記事を書くと、多くの人たちがコメントをくれたことも勇気づけられました。
-マフラクには原発を作らないことが決まった。アリハムーナとして次の計画は?-
「政府は原発そのものを諦めたわけではない。カラックの近くのコトラーネという場所が次の候補になっている。我々は、コトラーネの住民の反対運動を手伝う。」
-日本に向けたメッセージを-
「福島で起こったことに私たちも深い悲しみを感じています。日本の皆さんは、落ちこまないで欲しい。あなたたちは、経験が多く、みんなで協力することでこの困難を乗り越える事ができる。ヨルダンと日本は、今まで強く結びついてました。マフラクという小さな町にも、日本からボランティア(協力隊)が30年間も来てくれています。私たちに出来ることがあれば協力したい。そして、原発が、私たちの自然や、生活を壊していくことを、ぜひとも阻止しなくてはいけないし、日本とヨルダンの人々の関係を壊して欲しくないのです。」
ターリクさん
このポスターを町中に貼ったという。
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by kuroyonmaki | 2012-04-21 13:20 | アンマン滞在日記
ヨルダンで企画展示「大津波の後で」がはじまりました。

 4月17日、ヨルダンの首都アンマンにある画廊、ダールアンダにて日本人の企画した展覧会が始まった。
企画したのは画家の川口ゆう子と佐藤真紀(JIM-NET副代表)
川口が佐藤に「ヨルダンの人たちに日本の現状を知ってもらいたい」と相談した。
今年行なわれた脱原発世界会議で福島の写真を展示したところ、海外でも展示したいとい声があがった。既に、ドイツや、イタリアでの展示が実現している。しかし、不安もあった。脱原発、反原発の政治的な展示になってしまわないか?
今回は、アーティストとしての川口がヨルダンでどう見られるかということもあった。彼女はヨルダンで過去2回個展を開催し、作品は、国立美術館や高級ホテルが所有している。
ヨルダンは、これから原発を作ろうとしている国であり、しかも日本の三菱が積極的に入札に参加している状態だ。
「僕たちが、原発に賛成とか反対とかをあえて言う必要はない。311後の人々がどうやって生きていこうとしているのかをそのまま出せばいいと思う。ヨルダンは福島に医者を送ってくれた。イラクの人々が日本を励ましたりしてくれている、そういう絆を再確認するような展示がいい」
そして、イラク支援にかかわり、イラク人アーティトを日本に紹介してきた相澤恭行にも声をかけた。彼の父、一夫は、気仙沼に暮らす画家だ。津波が家のすぐ下まで押し寄せた。今回、スケッチを何枚か提供してもらうことになった。
 
展示は、相澤一夫の津波のスケッチと相澤恭行が写した写真。
そして、佐藤真紀が福島原発の事故後に福島で暮らす人たちの写真。放射能により日常がうばわれてしまった。
そして、川口は、日本が戸惑いながら、何とか希望を見出そうとしている複雑な感情を沖縄の月桃紙に墨で丁寧にアートにしていった。

初日、50人以上が駆けつける。画廊という場所もあり、多くは芸術を愛する人たちだった。「繊細な作品ですね。私たちアラブにはない繊細さだと思います。日本でおきたことは、悲しいですが、改めて日本人のすごさを感じます」医師
アンマンの美大生は、
「福島のこども達の笑顔から感じ取れるメッセージは、今というよりもこれから良くなっていくんだという強い希望ではないでしょうか。」と感想をのべた。
ヨルダンに滞在している邦人も駆けつけ、日本の歌を披露。ヨルダン人の心をとらえた。
会期は30日まで ギャラリー Dar Alanda 10:00-20:00(14:00-16:00昼休み)金曜は休み お問い合わせ +962-79-9458037(佐藤)
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川口さんと
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by kuroyonmaki | 2012-04-18 13:38 | アンマン滞在日記

小林よしのりの脱原発論

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小林よしのりがSAPIOに連載している脱原発論が面白い。共感できる部分が多い。しかし、この雑誌 、桜井よしことか記事書いていて、原発推進かと思っていた。確かに、日本という国は国民を守ろうとしない。平和平和憲法を実践してこなかった平和ボケというのを僕は感じる。平和憲法にもっと忠実たるべきだと僕は感じるけど
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by kuroyonmaki | 2012-04-10 07:39 | 原発

虎屋のゴルフ玉モナカ

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これは虎屋のゴルフ玉モナカ。
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by kuroyonmaki | 2012-04-10 07:31 | 日本でのイベント

チーム二本松

二本松にあるNPOチーム二本松。
真行寺の副住職の佐々木さんが代表を務めています。
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同朋幼稚園もお寺の中にあります。こどもたちのためにいち早く除染をしました。市が設置した測定器は、0.25マイクロシーベルトを表示。
しかし、園内のさくらの木の皮が汚染されている事がわかり、表皮をはぐことになりました。
「100年近く咲き続けた桜。幼稚園児の入学式では、毎年こども達を見守ってきた桜です。非常に残念で、哀しいですね」と佐々木さん。
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JIM-NETでは、以前から頼まれていたシンチレーション測定器を今回寄付することが出来ました。
アロカ製のTCS-172BというNaIシンチレーションカウンターでガンマ線を正確に計測できます。
 これは、山田光枝様のご寄付で、お父様がお亡くなりになられ、何か役に立つことに使って欲しいとのことでしたが、福島原発事故後は、受注が多くてなかなか製造が間に合わない状況で、どうしても時間がかかってしまいました。4月3日福島に行く予定があったのでメーカーに何とか間に合わせて欲しい主旨を伝え、午前中に宅急便で直接チーム二本松に送ってもらいました。山田様のお父様のお名前「まさいち」と測定器に書く予定でしたが3日は時間がなく、後日佐々木代表に書いていただいて写真を送ってもらうようにお願いしました。
「同朋幼稚園80名の園児のうち、14名は避難しました。共働きで避難できない家庭が多く、夫婦で意見が分かれ、離婚してしまう家庭が出てきています。母子だけが避難し、二重生活で出費がかさむことも。郡山は、原発から50km以上も離れているから、自主避難になって、お金が国からは出ない。1年以上ストレスのかかる生活をしていて、もう、元気もでない。開沼博さんが、善意が生み出す悪という言葉を使われていた。彼が東京の講演会で、「今の福島から逃げないでいるって、人殺しと同じことですよね。」といわれた。「そうですね」を返事をするしかないのだが、福島の人を助けようとする善意が、逃げられない人たちを悪だと追い込んでしまう。地方の人が、善意で母子の避難の受入れをやったら、その人たちが離婚してしまったという話も聞いた。
日常生活に楽しみを見出せない生活環境が続いていることにより、あきらめモードになってきています。」
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「除染ボランティアを最近募集しています。
除染ボランティアに関しては、ボランティアが被曝するという非難もありますが、人手が足りない。園児の家庭とかで高い放射能がでているところもたくさんあり、行政は動いてくれないから、志のある人に来て欲しい。
また、新たなプロジェクトもあります。
二本松市街から車で15分の岳温泉。二本松市街の空間線量が0.8マイクシーベルト/hであるのに比べ、この岳温泉地区は0.2マイクシーベルト/h。ここに空グランド(空地)を手に入れ、徹底的な除染で0.1マイクシーベルト/h未満の、
子供たちが遊んでも全く放射能の心配のない、綺麗な芝生グランドを作りたい。そして、送迎手段として大型バスを手に入れ、二本松市街から15分で子どもたちが外遊び出来る環境を作りたいです。
もうひとつ、ホールボディカウンターを購入することに決めました。5000万円近くするのですが、納入前に何とかお金を工面したいと思っています。この地に住むからには、なんとか、不安を取り除き、元気にやって行きたいと思います。」
チーム二本松
http://team-nihonmatsu.r-cms.biz/
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by kuroyonmaki | 2012-04-09 01:18 | 原発