中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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コンサートの模様

バグダッド「芸術を通した平和プロジェクト」の青少年オーケストラが、日本の震災のためにチャリティコンサートを開催してくれました。
会場で募金も行い4万円ほどが集まりました!
早速石巻に持ってまいります。
演奏は、イラク国家と、「上を向いて歩こう」 3日間しか練習する時間がなかったそうですが、がんばってくれました。
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オーボエを演奏しているのはスハッドちゃん。
鎌田先生に買ってもらったオーボエ「日本からいただいた、オーボエでこんな風に日本の曲が演奏できて、とっても嬉しいです」とのこと。
演奏は、こちらをご覧ください。

石巻の方々にも見ていただき、この演奏をカラオケにして、歌ってもらったら嬉しいなあ。

映像提供は玉本英子さん
写真はムハンマッドさん
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by kuroyonmaki | 2011-04-27 23:11
千人風呂プロジェクトの一環として、バスで涌谷の天平の湯に連れて行くプロジェクト。
今までに、24人、27人、18人、24人、27人 と5回にわけ、合計120人に入浴していただいた。
渡波小学校には、現在鳥取県の職員が派遣され、応援で泊り込んで働いているが、
温泉ツアーは、彼らが、入浴希望者を取りまとめてくれる。職員の方の話では、「温泉ツアーは、好評で、避難所の人たちが本当に楽しみにしています。私たちも彼らが喜んでくださる顔を見るのが楽しみですので、是非続けて欲しい」とのこと。鳥取県の職員たちは、一週間から2週間で交代で応援に駆けつけ、休みなく働いている。夜は寝袋で校舎で寝泊りしている。当然風呂にも入れない。頭が下がる思いだ。
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体育館に避難している被災者。
温泉に行く人がいないか探し回る。行くといっていた人が具合がわるくなったとか、どこかに行ってしまったといか探すのも結構大変な仕事だ。僕も一緒になって、「風呂行く人いませんか」と大声をあげる。今日は、4月13日に石巻で合流した、西村陽子(アラブの子どもと仲良くする会)がボランティアで温泉ツアーのアテンドをやってくれることになった。
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この間は、私はバスには乗らず、温泉で待っていて送り出した。ツアーに参加した息子が帰ってこないと大声でお父さんが鳥取県の職員に怒鳴り込んできた。
バスに乗り遅れたのかと心配したが、確かに送り出したときに点呼をしているので、運転手に電話したら、渋滞に巻き込まれているという。
「心配ないですよ」と伝えた。
よく考えると、津波で流されたトラウマがあり、帰ってこないことはとても不安なんだろう。そういうこともあり、西村さんに同行をお願いしたのだ。
 ここに来て、避難所の空気はぴりぴりしている。4月になったので、学校を再開しなければならないからだ。市は、4月21日から学校を再開する方針を発表した。しかし、石巻市本庁管轄だけでも避難している人の数は、1万人をこえており、そのうち小・中学校に避難している人は、25箇所で5000人ほど。学校が始まると避難者が追い出される可能性が出てきている。市の計画では、一人当たりの閉める床面積が2m×2m。教室に避難している人たちを体育館に集める方針だという。
渡波小学校は700名程度が避難しているが、4月22日に、始業式を行うと市が発表している。しかし、現場の鳥取県の職員は、「本当に実施されるのかどうかは、まだ、本部から連絡がありません」といい、情報が混乱している。

僕は別の用事を済ませ、バスが戻ってくる時間にあわせて、学校で待っていた。
戻ってきたツアー参加者は、嬉しそうだった。挨拶をして別れる。それは、まるで普通の町内会の小旅行という感じがする。そして僕たちは、緊急救援や人道支援というよりは、バスガイドだし、ツアーコンダクターといった感じだ。
温泉から帰ってきた家族を訪問して、絵を描いてもらうことを思いついた。タイトルは温泉。
壁に貼って、温泉ツアーの宣伝用のポスターにする。
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この家族は、図書室で暮らしている。子どもにお願いすると、「何かいていいかわかんないよ」とか言っていたが、楽しそうに相談している。
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そして出来たのがこの絵
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局長の似顔絵まで描いてくれた。これは嬉しい
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この子供たちは、とても明るくて素直。でもきっと辛い思いをしているのだろう。
子供たちは、生きたいというエネルギーに満ち溢れている。
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この子達が、これからどう成長していくのか、石巻を去る最後の最後で、何か石巻に戻ってきたくなる思いがわいてきた。
それは、僕がシリアやパレスチナ、イラクで思ったことと全く同じ感覚だった。

さとうまき
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by kuroyonmaki | 2011-04-17 01:55
石巻で避難所で生活する人たちに、温泉に入って、リラックスしてもらおうという企画に、涌谷町が協力する。涌谷町民健康福祉センター長の青沼医師と、大橋町長が決めた。
特に被災が激しかった地域を選び、一回に30人から50人を涌谷町にある町営の温泉、天平の湯に入ってもらう。
4月11日は、震災が起きたから一ヶ月目。
避難所にいる人たちはほぼ家屋が全壊しており、帰るところもない。
今回は、渡波小学校を選んだ。IMG_8202.JPG
渡波小の前。今までは、瓦礫が山積みになっていたので、大型バスが入れるようになったことは、大きな前進。鳥取市から応援に来た職員がてきぱきと人選してくれた。
27名と24名の2チームを2台のバスで移動。
DSC08119.JPG壊された自分の家の前を久々に通る。興奮気味に当時の様子を説明している。
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涌谷町立の温泉、天平の湯に到着。整理券を貰う避難者。
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この日は天平の湯からタオルの差し入れ。バスタオルが人気。
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なんとなく重苦しい雰囲気が漂うのは天候のせい?しかし、お風呂から出てきた人達は、すがすがしい顔をしている。DSC08108.JPG
この日、JIM-NETからのプレゼントとして、ハウラの刺繍入り今治タオルをプレゼント。
自分達は、本来イラクの白血病の子どもたちを支援していて、そのおかげで助かったハウラが、日本のみんなの平和を祈りながら絵を描くことを誓った、というお話をすると、
「助かってよかったですね」とあるおばさんは、感想をのべてくれた。この言葉は、重かった。命からがら助かったものとしての共感だろうか?
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バスは、丁度震災が起きた2時46分を待って、みんなで黙祷をささげた。今までの辛かったことを思い起こしてすすり泣く人もいた。
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by kuroyonmaki | 2011-04-12 00:54
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【大使メッセージ】 .
日本の皆様へ        2011年4月7日 .
3月11日の東北地方太平洋沖地震による被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。イラク政府及び国民を代表し、地震や津波の被害に遭われた日本の皆様に心からのお悔やみを申し上げます。私たちイラク国民の祈りと心は被災者の皆様とともにあります。 .
イラクが大変困難な状況にあった時期に、日本はイラク国民、イラク政府に政府開発援助、自衛隊の派遣またNGOによる活動等、寛大なる人道復興支援を差し伸べてくれました。イラク国民はみな大いに感謝し、それをわすれることはありません。このたびの地震に際し、イラク国民、イラク政府は友人である日本の皆様に最大限の援助をしたいと思います。 .
最後に、そしてこれこそ私が日本の皆様にもっともお伝えしたいことですが、この3週間、辛い苦しみに直面している中で日本の皆様が示された勇気、不屈の精神、献身ぶりに感銘を受けました。被災された皆様も希望を捨てることなく、お体を大切に過ごされるよう心より願っています。 .
.
駐日イラク共和国大使館
特命全権大使
ルクマン フェーリ
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by kuroyonmaki | 2011-04-10 00:20
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イラク大使館を訪問し、ルクマン大使と、東日本大震災の被災地支援、何が出来るのか話し合いました。
イラクからの医療団の派遣や、資金援助等幅広く意見交換しました。
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by kuroyonmaki | 2011-04-06 05:25

被災地から戻る

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一週間近く被災地に入っていた。
石巻。自衛隊が町を歩く異様な光景。
死体の回収である。いまだに1万8000人が行方不明
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避難所となった学校。子どもが鉄琴をたたいていた。
今回、多くのこどもや赤ちゃんが流されたという話を聞いた。
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未来のある子どもたち。
生きて欲しい。
あさってから、また被災地に向かう。
今日は東京で一休み。
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by kuroyonmaki | 2011-04-05 01:02

北海道で、反原発デモ

仲間を残して、週末北海道に行ってきました。
実は、今回の震災で、我が家は一家離散してしまったのです。
息子は、かみさんと一緒に札幌のかみさんの実家に避難しています。かれこれ20日会ってません。
南三陸の避難所で、出合った若者の携帯の待ち受けには、4ヶ月の赤ちゃんの写真。「津波が来たのであわてて、車に家族を押し込んで、非難しました。目の前で家が流され、悲しくなりましたが、みんな無事です。実家に家族は避難してます。この間久しぶりに、子どもに会ったら泣かれました。妻によると、今まで夜泣きなんかしなかったのに、不安なんでしょうか、夜泣きをするようになったといいます。大丈夫なんでしょうか。このままちゃんと育ってくれるんでしょうか?」
「大丈夫ですよ。あっという間にこんなに大きくなりますよ」といって最近妻が送ってくれた息子の写真を見せて慰めましたが、あんまり説得力はなかったかも。
そういえば、息子にもあってないなと思い、山形から札幌行きの切符にあきが会ったので週末、寄ってみることに。
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父を見て泣くことはなかったが、いわゆるイヤイヤ期に入って、わがままになっていました。
翌日、七尾さんに誘われて反原発のデモに参加。丁度この日は子守りの日だったので、息子も連れて行きました。
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250人も集まりました。
原発に反対していくことと同時に、東京の電力のために犠牲になった福島の人たちには、本当に申し訳ないと言う気持ち。東京に住んでいると罪悪感で一杯になる。何とかならないかと。
東京の電力を原発で補うなら東京に原発を作るべきでしょう。そういう映画があったけど。
ただ、原発は、もうだめでしょう。
このあと、雪が降ってきて、結構寒くなってきました。
息子は、旗が気に入って離さないから手がすっかり冷え切ってしまい、暖めてあげているうちにデモ隊はどんどん進んでいって、すっかり取り残されてしまいました。息子は、一緒に行きたかったみたいで、イヤイヤし始めておお泣き。抱っこして、ベビーカーをひっっぱて追いつくのは大変で、途中でリタイヤ。
もう少し天気よければよかったけど、赤ちゃんには、厳しいデモになりました。
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by kuroyonmaki | 2011-04-05 00:54
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南三陸は人口1万8千人の内、8700人が避難するという惨事で村がほとんど流された。
少し高台にある公民館には100人ほどが寝泊りしている。炊き出し時には、200人くらいがやってくるそうだ。
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流されずにのこった家のおばあちゃんに道を聞く。
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飯食っていきなさい!と避難所の人に勧められる。熊五郎はかたくなに断っていたが、僕は、迷惑にならない範囲ではありだと思う。ありがたく召し上がろう!
イラクでは、みんなそうなんだ。難民キャンプとか困っていても、飯をご馳走するというのは、人間としての尊厳だと彼らは思っている。ここは、JIM-NETなんだからイラク式で。
いやー、味噌汁、うまかったです。
同じ釜の飯を食う。
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飯を食い終われば元気が出ます。
支援物資を車から降ろします。
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「タオルは、いくらでも欲しい」
ハウラの赤い花の刺繍入りタオル、喜んでくれました。
今回本当にイラクの友人たちは、僕たちのこと心配してくれました。
イラク政府は一体何をしているんだろう。今度は、イラク政府も動いてくれること期待してます。先週からずーっと大使と連絡を取っています。ルクマン大使は、現場視察に行きたいと言ってくれていますが、バグダッドから許可が出ないんだって!イスラエルは、国を挙げて診療所を作っているのに。
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by kuroyonmaki | 2011-04-05 00:26
南三陸で、イスラエルの医師団がやってきて、クリニックを開院している。
イスラエルも世界の役に立とうとハイチの震災から海外で医療支援を開始したらしい。
なんと300人くらいがやってきている。エックス線、超音波検診機など何でも持ってきているからすごい。全員がイスラエル国防軍。この避難所では、流された病院の医者が診察を行っており、検査が必要な患者だけを、イスラエルの病院へ送るという。
なぜか、目が痒いとい患者。最初の検査は、被曝しているかどうかだ。
なんとも、不思議な光景。

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南三陸に支援物資を運ぶ途中イスラエルのクリニックを発見
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by kuroyonmaki | 2011-04-01 12:12