中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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宮城の被災地を歩く

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by kuroyonmaki | 2011-03-30 00:12

被災地に入りました。

佐藤事務局長と川添看護師が空路で山形入りし、熊谷と合流、地震と津波の被害を受けた宮城県の視察に向かいました。朝方東京を出発した原医師、渡辺医師と涌谷町で合流。被災した石巻の宮城クリニックの精神科の宮城先生に話を聞きました。
 3月11日、地震がおき、5時ごろから浸水が始まった。海側からではなく、川が氾濫したので逆方向から浸水。障害者のデイケアをやっていたが、10人の患者がいた。帰れなくなった人が5人いた。結局1mくらい浸水したが、道路はもっと深く、とても歩ける状態ではなかった。何人か逃げてきて、結局20人くらいが集まって、4日間外に出る事が出来ず、動けなくなってしまった。ようやく水が引き14日には戻れた。その後、中里小学校に避難所が出来たので、医者として働きに行った。電気と電話が通じなくなり、3台あった車も浸水して動かなくなってしまった。自転車だけが頼りだ。最近は何でも電気で動く。車の窓も電気で作動する。結局浸水して窓を開ける事が出来ず、閉じ込められて死んでしまった人も多かった。
 子供たちは、思ったより元気だった。この間診察した子は5才だが、母親と生き別れになった。おばあさんが面倒を見ているが、「泣いていないでしっかりしなさい!」としかりつけるので、怖がってしゃべれなくなってしまった。
大人は、もっと深刻だ。夫と娘を失ってしまったのに、無理して気丈に,先生の仕事を続けている。先週あたりから、下痢とか、便秘、吐き気などを訴える人が増えている。
集団生活で、水がなく、トイレが流せないから、トイレに行かないなど、体調を壊している。薬は、たくさん医師会に届いているが、仕分けする人がいない。薬は、商品名と薬の名前などが混在して仕分けが難しい。薬剤師の力が必要だ。

一階の診療所も見学させてもらいました。浸水で水浸しになった薬を取り出して、使えるものをより分けたり、カルテを乾かして整理していました。
まだ、泥が残っており、泥臭いにおいがします。
IMG_7396.JPG石巻に向かう車のなかで
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自衛隊も給水活動をやっていました。
1トンの水を給水しています。
一時は、6往復もしなければならなかったそうですが、今は、水道が復旧してきており、断水している地域から数名が水を貰いにくるだけになっていました。
しかし、今までの過酷な作業や福島原発のこともあり、不安は隠し切れない様子です。どことなく元気がない気がしました。一方水をくみに来た男性は、「今までも地震があったが、こんなのは、始めてです」と気安く話してくれました。宮城先生も、このような大きなショックの後は兎も角話を聞いてあげること。話すことが、癒しになっているんだと言う事を実感しました。
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夜、涌谷町健康センターに行き、青沼センター長と打ち合わせ。
JIM-NETは、今後、数ヶ月は、石巻、女川の地域医療支援を行うことを検討しています。

さとうまき
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by kuroyonmaki | 2011-03-29 00:22
今回の震災で、イラクの友人たちから多くのメッセージが寄せられています。
ローカルスタッフのイブラヒムは、「日本は、危険だからイラクに来い。私の家にしばらくいればいいから」と言ってくれた。
「じゃあ、ビザの手配をしてくれ」
「この間、オーストリアのドクターがバスラに来るので国境まで向かいに行ったが、内務省が、今は危険だから、ビザを出さないといっていたよ」
「やっぱり、イラクの方が危ないじゃないか!」
「大丈夫だ、私の妻も子供たちも喜んで待っているから」
なんだかよくわからないが気持ちは、伝わってくるから嬉しい。

ハウラ・ジャマルからもメッセージを貰った。彼女は、9歳の時に白血病になった。
絵を描くのが大好きで、赤い花の絵をたくさん描いて、病気と戦っていた。
赤い花の絵は、多くの人たちを魅了した。北川景子主演の映画「瞬き」にも出てくる。
最近は、彼女の赤い絵を、僕がデザインして、今治タオルにハンカチを作ってもらった。
販売は出島がやってくれる。売上げの一部がイラクへの支援になる。
追加で300枚を作ってもらい、3月20日のイラク戦争開戦8周年に向けたイベントで販売すいる予定だった。タオルが届いたのは、地震の後だ。イベントもすべて中止か延期になってしまい、タオルを売るあても当分ない。被災者がたくさん出ている。今まで僕たちの活動を応援してくれた、福島や仙台の支援者が被災しているのだ。放射能漏れも深刻だ。悶々としている時にハウラからメッセージが届いた。
<: inline;">haura.JPG完成した今治タオルを見て嬉しそうなハウラ。イラクでは、白血病はなかなか助からないが、ハウラが病気を乗り越え、活躍する姿は、ガンと闘う子どもたちに勇気を与えている。

イラクからみなさんへ  ハウラより

 私は、地震の話を聞いて日本の皆さんのことが、とても心配になりました。
早く良くなるように祈っています。
皆さんのことを想って、たくさん「赤い花」の絵を描きます。皆さんに赤い花を届けたい。私の心はいつも日本の友達の皆さんとともにあります。
ハウラ・ジャマル(15歳)イラク・サマーワ出身

 ハウラの赤い花は、彼女が瀕死の状態で治療を続けていたときに、希望をこめて描いた絵だ。そして、日本の支援者が、その絵にほれ込み、薬をイラクに届けてくれた。
チョコのパッケージにも使った絵。
ラジオのニュース。
「 東北関東大震災で被災した人たちを支援しようと、全国一のタオルの生産量を誇る今治市からバスタオルやハンドタオルなどおよそ5万8000枚が被災地に発送されました」
事務所に届いたタオルは、まだ支払いが終わっていない。出島に早速相談して、タオルを原価でJIM-NETが買い取ることに。そして、被災者に差し上げるつもりだ。
ハウラの「赤い花」は、命の赤い花だから、みんな元気になってほしい。

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事務所でタオルの詰め作業をやるスタッフ。
*ハンカチタオルは、火曜日に宮城県の被災地に届けられる予定です。


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by kuroyonmaki | 2011-03-27 02:14
◆緊急講演会 福島原発事故
田中優さんと一緒に考える やっぱり原発? それとも違う道?

2011年3月27日(日)午後7時~9時
世田谷区立烏山区民センター 3階第7会議室
〈京王線千歳烏山駅下車〉
参加費800円

 大震災、津波、そしてそのあとに原発事故がおこった。原発事故の先行きはいまだ分からず、住民の30 km 範囲の避難は続き、農産物や水産物からも放射能が検出されている。
 福島原発の恩恵を受けてきたのは地域の被災者ではなく、大量のエネルギーを消費してきた首都圏の住民たちだ(それは、新潟の柏崎刈羽原発も同じ)。計画停電の続く中、やはり私たちはこのまま原発とともに生きる暮らしを選ばなくてはならないのだろうか。
 長く原発問題にかかわり、「今回のことをエネルギー問題のターニングポイントにできるかどうかだ」と述べる田中優さんに、今回の福島原発の事故についてとこれからのエネルギーについてお話していただく。私たちの今とこれからを一緒に考えましょう。

田中優プロフィール
「未来バンク事業組合」理事長。地域での脱原発やリサイクルの運動を出発点に、環境、経済、平和などに取り組むさまざまなNGO活動に関わる。「日本国際ボランティアセンター」「足温ネット」理事、「ap bank」監事、「一般社団 天然住宅」共同代表も務める。現在、立教大学大学院、和光大学大学院の非常勤講師。著書(共著含む)に『環境破壊のメカニズム』(北斗出版)、『戦争をやめさせ環境破壊をくいとめる新しい社会のつくり方』、『世界から貧しさをなくす30の方法』(以上、合同出版)、『ヤマダ電機で電気自動 車(クルマ)を買おう』(ランダムハウ ス)ほか多数。最新刊は『幸せを届けるボランティア 不幸を招くボランティア』(河出書房新社)。
田中優の'維持する志 http://tanakayu.blogspot.com/
 
主催:今とこれからを考える一滴の会 
03-5313-1525(留守がちですのでメッセージをのこしてください)
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by kuroyonmaki | 2011-03-26 20:20
このたびの東北関東大地震と大津波で、お亡くなりになった方々の
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
被災されている方々、家族や友人を亡くされたり探している方々、
原発の近くで不安を感じている方々に対して心よりお見舞い申し上げます。
そして、すべての皆さまのご無事をお祈り申し上げます。

都内でも気の休まりにくい状況が続いておりますが、
以下のお話会を開催することになりました。

66年前の原爆投下の広島で自身も被爆され、
医師として被爆者の治療、救済をし、
被爆(被曝)の解明、また核廃絶に向けて活動をされてきた
肥田舜太郎先生から、お話を頂きます。
原発事故により心配される放射能による健康への影響などについてもお話頂く予定です。

お時間とご興味のある方、会場へ足をお運びください。
(このような状況ではありますので、
みなさま、ご無理のない中での来場をお待ちしています。)

※原発事故や計画停電の状況次第、急遽取り止めになる可能性もございます。
その際は、以下2つのHPの方でお知らせさせて頂きます。

みなさまにお目にかかれるのを楽しみにしています。


主催:発信する子どもたち (http://ameblo.jp/hatukodo)
後援:トランジション世田谷 茶沢会(http://sites.google.com/site/ttsetagaya/)
協力:世田谷親子読書会 おさるくらぶ


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 肥田舜太郎先生の 『ピカドンからの66年』

 自身の被爆体験を原点に、被爆者治療と核廃絶運動に関わり続けてきた
 「被爆医師」肥田舜太郎先生にお聞きします。

・・・・・

1945年8月6日、広島に原爆が投下された日。陸軍少尉として広島陸軍病院で働いていた肥田舜太郎先生は、往診に向かった広島郊外で迎えた朝、目のくらむ光と熱風にさらされ、広島を踏みしだく火柱を見ました。きのこ雲の下の広島市内に向かいこの世のものとは思えない光景を目にし、すぐに被爆者の救援と治療にあたりました。
戦後も被爆者の治療を続け、認定訴訟などにも尽力を尽くし、長年被爆者を支え励まし、また続く核実験・イラク戦争での劣化ウラン弾など、核の被害が止まない中、核廃絶を願いその足を世界にも向けてきました。

自身も被爆者でありながらも、自らの感覚を失うことなく生きてきた歩みと姿勢は、広島での悲惨さや被爆の恐ろしさを知る一人としてはもちろんのこと、"変化を願う、今・生きる私たち一人一人"にも響くものと思います。今年94歳を迎える肥田先生にお話しを頂き、受け継ぐ場をみなさまと一緒に持てたらと、今回の会になりました。貴重な機会、是非会場へ足をお運びください。


【日時】2011.3.27(日) 14:00~16:30
【場所】砧図書館 集会室
    世田谷区祖師谷3-10-4
    小田急線祖師ヶ谷大蔵駅・成城学園前駅から徒歩7分

【参加費】大人のみ資料代カンパ
【参加申込】heiwax2@yahoo.co.jp FAX 03-3307-0909
 お名前、参加人数、連絡先メールアドレス、電話番号を明記してください。


・・・・・

 肥田舜太郎 (ひだ しゅんたろう)
 1917年広島生まれ。
 1944年陸軍軍医学校を卒業、軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。
 1945年広島にて被爆。被爆者救援にあたる。
 全日本民医連理事、埼玉民医連会などを歴任。
 前日本被団協原爆被害者中央相談所理事長。
 現在、全日本民医連顧問。
 著書に『広島の消えた日-被爆軍医の証言』(影書房)
 『ヒロシマを生きのびて』(あけび書房)
 『内部被曝の脅威』(鎌仲ひとみとの共著、ちくま新書)など。
 鎌仲ひとみ監督の映画『ヒバクシャ 世界の終わりに』に出演されている。

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by kuroyonmaki | 2011-03-26 12:39
緊急公開学習会 原発事故の影響はどうなるか?
福島原発事故による放射線被曝
ー内部被曝による健康影響を中心にー
講師 松井 英介(岐阜環境医学研究所所長) 
 呼吸や飲食によって取り込まれ体内に沈着した放射線物質の極微小粒子から、周囲の細胞が繰り返し長期間照射される状態を『内部被曝』という。福島原発の近くで採れた牛乳やホウレン草から放射能が検出されたと政府の発表があった。政府は「ただちに健康に影響はない」と言う。実は内部被曝は「ゆっくり長く健康に影響がある」ものなのだ。政府発表の論拠にしているのはDS86原爆線量再評価の文書だが、この測定方法は外部からの全身被曝を平均化したものに過ぎず、呼吸などにより体内に取り込まれ、各臓器組織局所に沈着する放射性核種から構成される極微小粒子が長期間、持続的、慢性的に照射し続けるα線やβ線の影響・内部被曝をまったく考慮していない。
 子どもたちのためにも、内部被曝は適正に評価されなければならない。
(講義概要)
13:30〜13:45 宮川彰(首都大学東京教授)環境問題からの提言
13:45〜14:00 日野川静枝(拓殖大学教授・科学史技術史研究所研究員)
     「原爆と原子力発電の関連(天然ウランの核分裂連鎖反応とプルトニウム生成)」
14:00〜16:30 松井英介講演
     「放射能に汚染された食品を食べるとどうなるか」
    「放射線物質による内部被曝は適正に評価されなければならない」
    「内部被曝によって深刻な健康障害をもたらす劣化ウラン兵器」
    「中部電力浜岡原発をめぐる市民運動の今」他。
16:30〜17:30 質疑応答
略歴:松井英介 1938年生まれ。元岐阜大学医学部(放射線医学)。日本呼吸器学会呼吸器専門医。日本肺癌学会及び日本呼吸器内視鏡学会特別会員。主な関連著書:『国際法違反の新型核兵器「劣化ウラン弾」の人体への影響』(2003耕文社)。原爆症認定集団訴訟に長年関心を寄せ、またアスベストと健康障害に関しても記事多数執筆。
日時  2011年3月26日(土)13時半〜17時半(13時開場)
場所  秋葉原ダイビル12階 首都大学東京サテライト・キャンパス会議室
    (JR秋葉原駅下車「電気街口」徒歩1分)
参加費 500円(資料代として)
主催  首都大学東京 宮川彰研究室  
後援 特定非営利団体 科学史技術史研究所 
    東京学習会議『資本論』委員会 
連絡先 首都大宮川研究室 042-677-2308
  miyakawa@bcomp.metro-u.ac.jp
東京学習会議 FAX:03-5842-5647
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by kuroyonmaki | 2011-03-26 12:36

東京電力のリサイクル

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今日は事務所に行ってきました。しかし、大規模な停電が起こるかもしれないということで、電車がなくなると困るので早めに帰宅。5:27の小手指行きにのったのですが、既に大混雑。
書店に今回の地震特集の週刊誌が並んでいました。
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週刊朝日を買うと、中には東電の原子力発電の宣伝。
もう、いいでしょう。原発。。。。
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by kuroyonmaki | 2011-03-17 20:12 | 日本でのイベント
東京は電気がこなくなるという東京電力からの情報。妻もあわてだして、どこからか、非常用のリュックを持ってきた。中には、非常食やら一杯入っている。手回しで発電してラジオつきの懐中電灯も!
なんと準備がいいのか。割と心配性なんだろうな。それに比べて僕は、実にのんびりしている。戦場を渡りあるいていると大概のことには驚かない。イラクやイエメンでは停電は当たり前だったからなあ。 それはさておき、東京に電力を送るために福島の人たちが原発を受入れ、そして今回の事故で苦しんでいるのだ。多少の不自由は我慢せねばなるまい。
イラク戦争でもそうだ。日本がアメリカの戦争に賛成すれば、なんとなく国益にかなう。
でも、イラクでばら撒かれた劣化ウラン弾で子供たちはガンでくるしんでいる。米軍の基地問題も、沖縄の人が嫌だといっているのに、国は日米同盟ばかり気にしているのだ。そういう構造を変えていかないといけない。
田中優さんが言っている。
「被害を分かち合おう」
それなのに、西友にいくとみんな殺気立って買い物している。
困ったときに助け合うシステムがあれば、躍起になって買い占めることはないと思うけど。
家にいて一日TVを見ているとどんどんめいってくる。
自分の無力さを見せ付けられたという感じ。
3月15日
朝、姉から電話。東京にも放射能が飛んできているから早く逃げたほうがいいという。一体どれくらいの放射能が飛んでくるのか皆目検討がつかない。
原発に詳しい知り合いに聞いてみる。「こんぶを食いなさい」といわれる。
そういわれても、一体どれくらいこんぶを食えばいいんだろいう。
友人から電話。子どもを連れて既に関西に逃げたらしい。
やっぱり子どもは、放射能の影響を受けやすい。
ということで、妻と子どもは北海道に返すことにした。
今まで出張が続き、なかなか息子と遊ぶ時間がなかったのだが、この地震騒動で、久しぶりに息子と一日中いる事が出来た。しかし、今度はいつ会えるかわからない。
ぼやぼやしている時間はないから、兎も角タクシーで飛行場行きのバス乗り場に行こうとするがタクシーが捕まらない。
バスで所沢まで行くことにした。しかし、道路が渋滞している。みんなガソリンスタンドに入ろうとするので渋滞していたみたいだ。ぎゅうぎゅう詰めのバスの中で、息子が飽きてきたのか騒ぎ出す。
一時間で、なんとか所沢に着いた。しかし、飛行場行きのバスが満席だ。次のバスも最後の席を確保して何とか妻子を羽田行きのバスにのせた。
夜、自宅でスカイプ会議。しばらく事務所を閉鎖することにした。
落ち着かない日が続く。
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by kuroyonmaki | 2011-03-17 01:05
3月11日、東京の高田馬場の事務所にいたらぐらぐらゆれてこれはいつもとは違うくらいゆれたなあとおもった。何度かゆれたけど、そのたびに道路に避難する。神田川に面した電柱が揺れている。ゆれは収まったが、なかなか電車が復旧しない。
福島原発で事故があったので、「節電してください」町内放送が入る。結局JRは復旧せず。事務所に泊り込む覚悟を決めて、佐藤信のボックスDVDを見出した。エドワードサイードの映画を見出したところで、電車が走り出した。不思議な夜だ。何で、こんな日にサイードなんだろう。
都電が走っているというので、まずは学習院下まで歩く。3時間も4時間もかけて歩いて帰る人もいる。
こんな暗くて道がわかるんだろうか?
僕ならわからない。東池袋四丁目から池袋駅までも迷ってしまいそう。結局西武線が走り出したので、無事に家までたどり着いた。
 
幸いにも、12,13日は休み。なせか僕はつかれきっていて、よく寝た。
この二日間、よく寝たので、何がどうなったのか余り良く覚えていない。西友に行くと、停電になるかもしれないからエレベーターとエスカレータを止めるという。余り買い物をする時間もなくあわてて帰宅。
翌朝から電車も止まるという。
3月14日は、家でごろごろして、夕方買い物に行く、紙おむつと、米とか必需品が売り切れ。
なんだか、ごろごろしているうちにどんどん体調が悪くなっていく気がする。
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by kuroyonmaki | 2011-03-16 01:49

バスラで爆破

今朝、イブラヒムからメール。バスラの鉄道駅が爆弾テロ。30人が死亡。74人が負傷したそうだ。
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by kuroyonmaki | 2011-03-07 16:26