中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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i-PAD

i-Padが発売されました。
TVで見ていたけど、欲しくなりました。
情報を集めるのにはいいけど、発信するのは難しくないのかな。
これからは、ツイッターとかも含めてどうやって発信していくか、今までは、新聞とかTVにとりあげてもらえばよかったけど、これからは自分たちで発信していく事が問われますね。
http://twitter.com/maki_JIMNET
ツイッターは、そう長続きはするのかなあという気もしますが、僕もつぶやいています。
見てください。
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by kuroyonmaki | 2010-05-30 09:48
かみさんが、マタニティドレスの会社でデザインをやっています。
砂漠の妊婦さんがいたら、ドレスをプレゼントしようと洋服をいただきました。今回妊婦さんは一人しかいなかったので、未来の妊婦さんにも差し上げました。
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by kuroyonmaki | 2010-05-30 09:31

M like Mother

エミレーツで帰ってくるときに「ノダメかんたびーれ」でも見ようと思ったら、違うチャンネルで、同じようにバイオリンのオーディションのシーン。ん?と思い引き込まれていったのですが、イラン映画のM like mother (ただしエミレーツの番組表では、M for Mother になっていました。)
ストーリーは妊娠がわかって大喜びのイランの芸術家のカップルですが、4ヶ月で奇形があることが解ります。イラン・イラク戦争の毒ガス兵器のサバイバーなので、医者は、堕胎をするように求めますが、母は、「この子は、生きて動いている。殺すことなんか出来ない」と出産を決意。夫は耐えられなくなって去っていってしました。おばあさん、母、そして生まれてきた息子三代に渡り、毒ガス兵器の後遺症にくるしみ、薬は闇で高価なものを手に入れなければなりません。
苦しくても、息子にバイオリンを教えて、コンサートを実現させたかったお母さんは、薬やのエロ親父にレイプされそうになります。
エロ親父から逃れ、町をさまようお母さん、背景には、電気屋に並ぶTVでサダムフセインが捕まったニュースが。


イラン映画、クルド映画にはけっこう、毒ガス兵器の話が盛り込まれています。
たとえば、ブラックボード(背負う人)サミラ・マフマルバフ監督という映画もそうだったし、マフマン・ゴディ監督の、「酔っ払った馬の時間」「亀も空を飛ぶ」も化学兵器の話がチラッと出てきます。
クルド民族のアイデンティティとして、毒ガスでの虐殺が刻まれています。ユダヤ人のホロコースト、日本人だたら原爆でしょう。丁度、アルビルで、アンファル作戦の研究と調査をされているアンファルセンターのユーセフさんにあってお話をうかがった所でした。
 この化学兵器の問題も、2003年の開戦理由として、アメリカは自国民に対しても毒ガス兵器を使用したとして、イラククルドの立場からも、戦争を正当化しています。つまり、悲惨な体験が次の戦争を作る精神的な道具として使われてしまっている。ホロコーストの体験にしても、平和を作ることにはつながっていません。
ヒロシマ、ナガサキだけが、「復讐をしない」恒久平和を求める憲法制定や平和運動の根幹を作り上げてきましたが、蓋を開けてみると、日本も似たり寄ったりで、アメリカの傘下で戦争をしてきたといってもいいのかもしれません。
長々ととりとめなく書いてしまいましたが、エミレーツに乗られる方、是非この映画見てください!!
おすすめです。

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by kuroyonmaki | 2010-05-28 18:41

支援の難しさ

途中ははしょりますが、5月22日、早朝、僕は、ヨルダンに戻ってきました。土曜日は、この国でもお休み。
アルビルの飛行場を、4時に離陸。そのためには、2時に飛行場に行かなくてはらなず、結局眠れない時間帯。アンマンについたのが6時で丁度日の出!
アパートについて寝ようと思ったら、バグダッドのアヤから電話。ヨルダンでがんセンターの検診を受けるのだが、ビザが下りないとの相談。
そしたら、今度は、管理人がやってきて、電気代と、管理費の4か月分を払え!とのこと。ひやー。お金が無い。そこで、今回、スタッフが一名、病気になって、アンマンにこないで、直接日本に帰国したので、その文のチケット代をリファンドしてもらおうと、旅行会社に行きました。500ドル中400ドル近くもどってきたので、何とか、これで、電気代と管理費が払えました。そうするとこんどは、アブドル・ラザークの父ちゃんがクルド人の友人を連れてきて、治療費に困っているとのこと、あまり英語がはなせないので、通訳をつれてくるというので、呼ばれたのが、イラク人とイギリス人のハーフ。そのわりには、英語があまりうまくない兄ちゃんだったので、今度は、ガンにかかかっているというイラク人のおっさんが連れてこられ、日本にもいた事があるらしく、日本語を話します。「味噌汁が飲みたいです。お金払うので、味噌汁、持ってきてください」
ますます、話がめちゃくちゃになってしまい、「僕は、電気代と管理費払って、すっからかんだ。イラク大使館に行って、大使にお金を出させよう」「大使はけちだ。難易もしてくれないに決まっている
「何でそういう風に決め付けるのかな。やってみないとダメでしょう」
「そうか、そういう考えもあるなあ。じゃあ、会いに行こう」
というわけで、翌朝とりあえず大使館に行ってみました。
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用件をつたえると結構簡単に大使が会ってくれました。
そんなんでどんどん時間がつぶれてていきます。
アブドルラザーク君は、ラマディから治療に来ていましたが、アイルランドに難民として受け入れが決まったそうです。
「じゃあ、もう、支援はいいらないね」というと
「そんなことは無い、まだ検査を受けなければいけないんだ。是非、うちのこのために支援をしてください」
と大使に懇願していました。果たして結果はいかに。
最近、ヨルダンから、第三国に行くイラク難民がたくさんいます。
どうやってチャンスをつかむんだろうと、見ていると、やっぱりチャンスは集中するようでしゃべりがうまいというのもあるけど、人柄とかそういうのもあり、やっぱりチャンスって言うのは集中するのかもしれません。
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by kuroyonmaki | 2010-05-27 07:08

難民が選んだ土地

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 5月19日、アルビルのカワ難民キャンプを訪問。
彼らは、イラン系クルド難民。イランで暮らしていたが、
いろんなバックグラウンドがあり、イラクにやってきて、アンバール州の難民キャンプに収容されていたが、サダム政権が崩壊した後、キャンプも崩壊してしまった。UNが新しく作ったのは、アルビルで、キャンプというよりは戸建の集合住宅にちかい。
今日お邪魔した家族は、イラクとイランの国境付近の村に住んでいたが、イラン・イラク戦争時に、イラク軍が侵攻し、イラク国内に捕虜のような形で連れて行かれたという。
サダム政権崩壊直後に、ヨルダン国境に避難するが、ヨルダンに入国できず、ノーマンズランドに立ち往生。らちがあかないので、一旦アンバールに戻り、国連の指示に従って、カワキャンプに来たとのこと。
ノーマンズランドに残り、そのままアルワリード難民キャンプに収容されているのは、彼らの親戚である。
UNが、2家族が暮らせるように家を建ててくれた。
現在は鶏を飼っており、売買することで収入を得ている。一日の収入は20-30ドル。
働くことは、自立への一歩だ。難民だということで、いつまでも支援を与えるのは彼らをスポイルしてしまう。
だから僕は、食糧支援などは早めに切り上げて、自立のための支援に切り替えていくべきだと思う。
職業訓練と抱き合わせで、彼らとビジネスをやっていくというのもひとつの方法だし、社会起業というのが活躍する場所でもあるのだろう。JICAなんかがその辺がとくいな分野だが、イラクでは、危険だからということで今までは、活動していなかった。その辺がアメリカとの違いかもしれない。USAIDは、IMCといった大きなNGOへ資金を提供し、戦争直後から開発プログラムをやっている。日本だと、自衛隊とかがそういうところに入ってきてややこしくなるのだが、IMCは、軍とは行動をともにしないということで、政府のお金をもらいながらも、自分たちのポリシーを貫いているのだ。USAIDの代表は、NGOはアメリカ政府の外交政策に従うべきものであると、かつて断言した事があったにもかかわらずだ。最近、JICAが活発にイラクにかかわている。僕が滞在していた間にも農業関係者のミッションがきていた。納税者として言わせてもらえば、事業仕分けにもめげずに頑張ってほしいなあと思うのである。

さて話を戻すと、イラン系クルド難民。アルビルは、安全を売りにしており、雇用の機会もあるほうだ。でも、彼らは、満足はしていない。
「親戚がスウェーデンにいるんだ。みんな、お店を経営していたりして、結構稼いでいる。僕たちは、スウェーデンに行きたい。子ども達のことを考えたら、ヨーロッパで成功して欲しいんだ。」
カワキャンプは、治安はよく、ここでは、彼らの命が狙われることはない。ここを出たいという理由は、向上心だろう。そうなってくると難民というよりは、移住労働者ということになるが、彼らは、難民だからパスポートがない。今のところ、旅行であろうが、イラクを出ることはできないのだ。
同行したローカルスタッフのパレスチナ人は、「バグダッドより、くらしやすそうだし、住めるんなら住みたいよ」
といっていた.
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by kuroyonmaki | 2010-05-27 05:00

クルドNGOネットワーク

クルドNGOネットワークにお邪魔しました。180位のNGOが参加しているらしく、結構積極的に活動をしているんだなあと感じました。
なんと、彼らの機関紙でJIM-NETのことにもふれてくれています。JIM-NETの川添さんと、JCFの加藤君の写真がでていました。活躍してますね。

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by kuroyonmaki | 2010-05-21 10:30

こどもに集中

JIM-NETが子どものガンに集中するのには、理由があります。特に小児白血病は、治療すれば、80%以上が助かるといわれています。だから、子ども達の命を助けたい。
そして、たとえ延命にしかならなくとも、こどもたちにとって、1年、2年はものすごく大きな時間だと思うからです。JIM-NETはナナカリ病院から大人のガンの薬の支援もしてほしいといわれ20%の予算をそちらに回そうということで話を進めていましたが、現場では、子どもの抗がん剤が不足してしまい、患者が、お金を払って買わなければいけないということになってしまいました。そこで、病院側からも、JIM-NETは子どものガン支援に集中して欲しいということで、契約書を書き直し、子どもだけの支援に限ることになりました。
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by kuroyonmaki | 2010-05-20 23:02

契約

今日は、ナナカリー病院の院長先生と契約を結ぶ日。こちらの国ではTPOが大切です。というわけで、くそ熱いのにスーツを着なければいけません。
でも、なんということか、朝からすズしいのです。
契約日和になりました。

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by kuroyonmaki | 2010-05-20 00:21

カワキャンプ

夕方、カワ難民キャンプに行ってきました。
難民キャンプといっても、普通の家が建っています。国連が土地を提供して、難民
たちを定住させようという計画。彼らは、イランから逃げてきたひとたち。イランイラク戦争時にイラク軍に捕虜としてつかまり、そのまま,アンバール州の難民キャンプに連れてこられたそうです。
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鶏を飼っていて、その売り上げで暮らしています。
一日20-30ドルの収益があるとのこと。それでも、彼らはチャンスがあればヨーロッパに行きたいといいます。「子ども達の未来をかんがえたら、ヨーロッパでくらすのがいい。ヨーロッパに難民として迎えられた親戚とかは、皆お店を持ったりして稼いでいる」
そういう風になると、難民というより、外国人労働者としての移住ですね。
UNは、まだ、砂漠のテントで生活しているイラン系クルド難民をすべてこちらに連れてきたいようですが、彼らは、やはり、ヨーロッパに行きたいといって、砂漠で粘っています。
どうなるのでしょうね。
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by kuroyonmaki | 2010-05-19 23:45

アルビルでカーニバル?

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アルビルのナナカリー病院。本日は、カーニバルのように子ども達を楽しませようと、スタッフ、張り切っております。
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by kuroyonmaki | 2010-05-19 14:23