中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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学校

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アルワリード小学校にて

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夢は法律家になって、クルド人の人権を世界に訴えること。
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by kuroyonmaki | 2010-02-28 18:01 | アンマン滞在日記

キャンプ4日目

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いよいよ、最終日。
昨晩は深夜まで、アブサイードと会計のチェックなどをしておりました。
アブサイードも疲れたのか、いびきをかいて寝てしまいました。
私は、なんとなく、いびきの音や、雨の音、犬の遠吠えを聞いたりして、熟睡できず。
あさになっても、なかなかアブサイードがおきません。少しかわいそうですが、無理やり起こしました。
 どうしても、もう一度会いたい家族が居ました。
パレスチナ人の夫と、クルド人の妻。しかし、クルド人の妻は、最初の子どもを出産したときから、気が違ってしまったとのこと。うまく歩けずしょっちゅう転んで怪我をしています。
しゃべることも出来ません。
2人目の子どもを持つべきでないとのアドバイスでしたが、女のこがキャンプで生まれました。
最初にあったころは赤ちゃんだったのに、歩いています。女の子なのにいつも、坊主にしています。
お父さんも、大変だなあと思うのですが、子ども達は、たくましく生きています。
お母さんはいつも何かを訴えていますが、僕にはすっかりわかりません。もちろん、アブサイードにもわかりません。
チョコレートを上げたら子ども達は大喜びでした。
この子ども達には、未来はあるのだろうか?そう思うと、一体、僕たちは、何をしてきたんだろうとなんだか情けなくなってくるのです。
10時、UNHCRの車が出るので、私は、お世話になったイスラミックリリーフの代表に挨拶をしました。
「ここにきてくれてありがとう」
「いや、こちらこそ、おいしいご飯をありがとう」
同じ釜の飯をくうというのはこういうことなのかもしれませんね。
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by kuroyonmaki | 2010-02-28 07:06

キャンプ3日目

昨日は夜から風が強く、雨になりました。
朝にはあがっていたのですが、空はどんより。時々雨がぱらつきます。
今日は、午前中からクリニックの聞き取り。
村からも評判を聞きつけて、患者さんがやってきます。今までは、この近くに病院などなかったので、一時間かけてルトバという町まで行かなければなりませんでした。ちょっと子ドンの具合が悪いと見てもらえるのでありがたいとのこと。
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難民たちは、選挙権はありませんが、村の住民は選挙を控えているとあって、車には、候補者のポスターが張られています。
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その後、難民キャンプを回って家庭訪問ですが、行く所でお茶を出され、甘すぎて気持ち悪くなってしまいました。
今日は写真がアップロードできました!
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by kuroyonmaki | 2010-02-27 04:15

アルワリード二日目

キャンプは夜になると結構冷え込むのですが、ここの所、それほどでもないのです。そして昼間もどんよりしていてそれほど暑くならず結構いい気候です。
さすがに朝方は、冷え込みます。
今日は、午前中は、学校を見学。
クルド人も、パレスチナ人も、イラクの村人もこの学校にやってきます。
もともと戦争前には、結構人がいたそうで、学校もあったのですが、イラク戦争で、みんな逃げてしまい、学校も閉鎖されたままでした。パレスチナ難民がやってきたことで学校が復活しました。
いままで、学校に行けていなかった村人もとてもうれしそう。クルドの子ども達も、ノーマンズランドに居たので、学校らしきものはなかったのです。
やっぱり、学校は大切ですね。
このキャンプの近くには、米海兵隊の基地がありましたが、先日撤退したとのことで、その際に米兵がやってきて、学校にプレゼントを」配ったそうです。
アメフトのボールと野球のグラブが学校に飾ってありました。
映画でみたけど、米兵は、本当にキャンプでアメフトやっているんですね。
写真をアップしようとしましたが、ネット環境が悪く断念。

難民キャンプからでした。
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by kuroyonmaki | 2010-02-26 04:00

イラクに入りました。

シリアから、陸路でイラク国内のアルワリード難民キャンプで現在活動をしております。
以前は、海兵隊の基地があり、入国に関しては、海兵隊のセキュリティチェックをうけなければいけませんでした。今回は、UNHCRにも協力して頂、非常にスムーズに国境を越えることが出来ました。
初日は、少しキャンプを回りましたが、花粉症がひどくて、頭痛もしてきました。
まあ、ぼちぼちやります。
数日前に数百人のパレスチナ人が第三国定住のためにキャンプを去りました。
現在は、パレスチナ人が797人、イラン系クルド人が183名、アフワーズ(アラブ系イラン人)が124名。
パレスチナ人の第三国定住は進んでいるのに、クルド、アフワーズは政治的な要素も強く、受け入れ先が決まりません。
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キャンプを去った痕に残った家財を売りさばく人たち

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この家族は、パレスチナ人ですが、お兄さんは、アメリカへ、妹はスーダンに行くことが決まったそうです。
「スーダンってどんな国?夢も希望もない。」
「そんなことないよ。僕の友達の画家が写真見せてくれたけど、ハルツームは都会だし、スーダン人は、国連とかNGOで活躍しているひとも多いよ」
と説明してあげると、少しうれしそうでした。家族がばらばらになるのも辛いですね。
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by kuroyonmaki | 2010-02-26 03:28
☆*゜ ゜゜*☆*☆*゜゜゜*☆*☆*゜ ゜゜*☆☆*゜ ゜゜*☆*☆*゜゜゜*☆*☆*゜ ゜゜*☆
非暴力ワークショップ
~非暴力平和隊・共同代表の大畑さんを招いて~
☆*゜ ゜゜*☆*☆*゜゜゜*☆*☆*゜ ゜゜*☆☆*゜ ゜゜*☆*☆*゜゜゜*☆*☆*゜ ゜゜*☆

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反戦運動でイデオロギーでしょうか?
日本で、僕が反戦だといえば、ある人は稚拙だという。
感情的ではなく、もっと論理的に哲学しなさいといわんばかり。でも、爆弾を落とされるほうにとっちゃ、そんな小難しいことではなく、「爆弾は、死ぬし、怪我するからいや」
それ以上の理由はなくて、戦争反対だ。さて、まもなくイラク開戦から7周年。
どうして、イラク戦争をとめることが出来なかったのか、非暴力の問題解決ってあるのだろうか?
というわけで、ワークショップやります。


世界の平和も気になるけど、家庭や職場の人間関係にも問題がいっぱい★
解決方法がわからずイライラしたり、思わぬ言動で相手を傷つけてしまったり・・・
自分自身や身近な人たちの平和があって、世界の平和も訪れるから♪
みんなでお茶を飲みながら、ワークを通して、まず身近な平和を実現させてみませんか?そして、3/20には、WORLD PEACE NOWの「戦争も基地もいらない」パレードがあります。ワークで学んだことが、ここで実践できますよ~。
【日時】3月12日(金)18:45~21:45(18:30開場)
【場所】北沢タウンホール・3階ミーティングルーム
    小田急線・京王井の頭線・下北沢駅から徒歩4分
     http://kitazawatownhall.jp/
【参加費】1000円(資料代、お茶代)
【申し込み】angel@zat.att.ne.jp (要予約) 定員20名
【主催】JIM-NET(イラク医療支援ネットワーク)
    
☆非暴力平和隊とは(http://np-japan.org/)☆
非暴力平和隊とは 非暴力平和隊 Nonviolent Peaceforce(NP) は 世界各地の紛争地に、非暴力的な手法に関するトレーニングを受けた市民を派遣し、暴力・軍事力によらない紛争の解決を促進することを目指す国際NGOです。
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by kuroyonmaki | 2010-02-23 22:01

イドリス医師が死去

バスラのイブラヒムから電話があり、イドリス医師が死亡したとのこと。
詳細はわかりませんが、突然の死で、肺血栓だったそうです。

イドリスは、アジアと結ぶ市民の会・長崎の招聘で、長崎大学に2回研修で来日しています。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

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写真は2008年3月
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by kuroyonmaki | 2010-02-23 15:34
ユーセフ・アブド・フダイエ君は13歳です。 骨ガンをわずらい、2回の手術をおこないました。2009年から化学療法を始めましたが、2009年の終わりにガンが再発
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今年1月10日になくなりました。
彼は農家に住んでいます。彼の家を訪問すると、近くにはたくさんの戦車が捨てられていました。父親は、アメリカが2003年にDUで攻撃したといいます。なぜそうおもうのか家族に聞いたら、戦車が爆発するときの炎が青かったからだといいます。
ユーセフ君は7人兄弟だったが、現在弟のアバース9歳が白血病で苦しんでいる。2008にケモ。まだつづけています。
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私は、この一家がガンでくるしんでいるのは、劣化ウラン弾だと思います。原因が劣化ウラン弾だということが科学的に実証されていないのは知っています。
でも、科学者が、劣化ウラン弾が安全だということを実証してくれれば、私はそれを信じます。
ここでこうして、くるしんでいる人の話を聞いていると、科学者がきちんと、劣化ウラン弾は安全だということを証明してくれない限り、やっぱり劣化ウラン弾だと思ってしまう。非科学的といわれようが、思ってしまう。
その気持ちがわかるでしょうか?
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by kuroyonmaki | 2010-02-22 02:55 | アンマン滞在日記
札幌発、愛のリレー
札幌→東京→ウィーン→バスラ!
昨年10月の終わり、セイブ・イラク・チルドレン・札幌から依頼され、約230万円分の抗がん剤などをオーストリア経由でバスラにとどけることになった。私は、ウィーンでSAARというNGOのスタッフ、エバ医師に会い、薬を手渡した。ウィーンからはエバが自分たちの半年後との出荷とあわせクウェートに。
12月8日の朝、オーストリアのNGO、エバ医師がクウェートの国境まで薬を持ってやってきました。イブラヒムもバスラのジナーン医師らに同行し、薬の受け取りに立ち会いました。

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しかし、許可証がないというのでその日は、引取りが出来ずに、くすりはそのまま国境に放置することになりました。翌朝、モハンマッド医師と一緒にイブラヒムが薬をとりに行きますがやはり許可は下りずに、一旦病院に戻りました。モハンマッド医師も、くたびれてしまい、夕方、イブラヒムとお兄さんが車を調達して薬を取りにいくことになりました。国境に着いたのは夕方の5時。数時間待たされてようやく薬を受け取ることが出来ました。道はすっかり暗くなっており、検問がたくさんありましたが、橋の前の検問で止められました。車が通ると橋が壊れるというのです。イブラヒムは、知り合いの軍関係者などに電話をして、何とか橋を渡らせてもらうように交渉しました。他の道は、銃撃に巻き込まれたり、襲撃されたりととても危険です。
1時間30分待たされ、病院に着いたのは、夜の10時でした。
翌日、病院にいって、薬の山を子ども達に見せました。
子ども達は大喜び。
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by kuroyonmaki | 2010-02-22 02:26
会議にあわせてアルビルまで来てもらったローカルスタッフのイブラヒム。バスラの話を聞きました。
本当は千夜一夜物語のように、毎日、話を聞いていけばよかったですが、時間がな買ったのが残念。

18歳の先生
バスラの院内学級は、お絵かきをしている子どもがたくさんいます。しかし、さすがのイブラヒム先生も算数の先生なので絵を教えることが出来ません。
院内学級の絵画教室では、1)楽しくお絵かきをして時間を過ごしてもらうことと、2)絵心のある子どもを育て、イラストレーターとして、JIM-NETの活動に加わってもらうことです。
たとえば、サブリーンという少女は、生活費の保護を出して、JIM-NETの募金活動に使うイラストを提供してもらいました。しかし、サブリーンのような才能のある子が、そう簡単にいるわけではありません。また、才能のある子が、水彩やアクリル絵の具などの画材を使いこなせたら、もっと素晴らしいのにと思うこともしばしばです。
そこで、院内学級に絵画の専門家を派遣するという計画が、9月から始まりました。しかし、なかなかいい先生が見つからず、それじゃあ、ガンを乗り越えたザイナブに頼んでみたらどうかという話が盛り上がりました。ガンになったら死んでしまうんじゃないかとどうしてもネガティブに考えてしまいがちですが、ザイナブのように、元気になった患者が、子ども達に教えることは、希望を与えることにつながります。

ザイナブは、2005年に白血病になりました。
絵が好きだった彼女は、辛い闘病生活で、イブラヒム先生と絵を描いて過ごす時間が大好きでした。今は治療の効果があって、とても元気になりました。
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 久しぶりに病院にやってきたザイナブ。今日から先生ですが、まだ18歳。うまく子ども達に教えることが出来るか不安でした。でも、自信もありました。「私は、子ども達の苦しみがわかるから」
ザイナブは、絵だけでなく、手を洗ったり、マスクをしたりすることを子ども達に教えました。ガンのこどもは、抵抗力が落ちているので感染症対策がとても大切です。
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子ども達は、大喜びでしたが、
 イブラヒム先生は、「彼女は、教えるのがうまいとはいえないですね。白血球の状態もあまりよくなかったので、強く指示することは出来ませんでしたが、でも、かつて入院していた子が、5年経ってすっかり大きくなって、戻ってきてくれたことは、病院のスタッフにとってものすごくうれしいことでした。また、JIM-NETが送り続けた薬のおかげでここまで元気になっていることは、本当にうれしかった。」といいます。
 ザイナブは、実際教えてみて、いい先生になりたいと思ったようです。病気のために中退していた、高校に入りなおすために、試験を受けることにしました。
ザイナブは、子ども達に絵を教える代わりに、イブラヒム先生には算数を教えてもらいました。三ヶ月がたち、ザイナブは、学校に復学。勉強して立派な先生になって欲しいです。
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by kuroyonmaki | 2010-02-21 15:04 | イラク情報