中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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複雑な難民社会

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難民の一家はノーマンズランドからデンマークに移住することができたが、彼らは、わずか一年そこらでデンマークの社会に適応するのは難しい。
ちょっと頭がいかれているKは、いいやつなんだがすぐに切れる。
結局デンマーク人の若者をぶん殴ってしまい、6ヶ月間豚箱にいれられていたそうだ。前途多難である。
 ちょうど帰りの飛行機の中では、イラン人の母と15歳の娘の二人連れにあった。もうデンマークに住んで20年だという。革命がおきたとき彼女は革新的な女性だった。共産主義のようなマルキストのようなと彼女は表現していたけども。ちょうどペルセポリスという漫画の主人公のような人生を送ってきたのだろう。今でも政治的な活動を続けているという。なおさら、今のイランは評判が悪いから反体制派といえばヨーロッパでは聞こえがいい。ただ、誰を難民として受け入れるかっと言うのは、難民キャンプの人道支援とは違い、あまりにも政治色が強いし、ある程度お金の持った人たちを保護して政治活動を続けられるようにするといった感じかもしれない。
フジモリ元大統領を日本でかくまうのと似ているかもしれない。
 彼女はそんなことで政治的な難民の支援を続けているそうだ。
海岸沿いには、3つのイラン人のキャンプがあるそうだ。キャンプといっても廃墟のような建物で、イランからデンマークにたどり着いた人たちが難民申請した場合に保護されるそうである。デンマークも保守化していて、以前ほど、そういった人たちには親切ではなくなったという。
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私の友人Fもイラクから受け入れられた条約難民ではあるが、もともとはイランから逃げてきた人たちである。ちょうど革命がおきた同じころだ。受け入れ先が違って彼らはイラクだった。その差は大きかったがようやく同じゴールにたどり着いたようだ。
友人は兄貴が豚箱にぶち込まれて裁判にいったりしたので、「弁護士になる」といっていた。私が、デンマークに来た目的は、未だにノーマンズランドにいる彼らの親戚を何とかデンマークで受け入れる気はないかというアドボカシーをやろうというものであったが、肝心の友人Fが、自分のことで精一杯だ。「君の団体は俺にお金を出してくれないだろうか?車の免許を取って車を買うんだ」「そんなの自分でやれよ」と冷たくあしらったが、確かに10代の若者が、一族のために働いたり、尽くしたりする気にはなかなかなれないというのもわかる気もする。
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by kuroyonmaki | 2007-06-29 14:10 | 難民
クロヨンにそっくりのねこちゃんを連れた女の子に出会いました。
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この町には、イラク人やクルド人がたくさんいます。猫ちゃんをくるんでいるのがクルドの人がよく頭に巻いているカフィーヤです。デンマークの若い女性のなかでも結構はやっているみたいです。
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by kuroyonmaki | 2007-06-27 23:54 | 難民

デンマークです

イラクすごろくは、戦争を支持した日本から始まり、ヨルダン、シリア、クウェート、オーストリアそして最終地、デンマークにやってきました。
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町を歩いていると赤十字の文字が。
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お店の中には写真がはってあります。
古着を集めて、売っています。
ヨルダンのルウェイシェッドにはUNHCRの倉庫があって、アメリカから集められた古着がたくさんありましたが、いかにも古着という感じがして、着る気はしません。
時に下着の古着は抵抗がありますね。
ヨルダンでは、毎週金曜日に市が立って古着を売っていますが、やっぱり下着は抵抗があります。でも貧富の差がすすんでいて、とくに最近はアジア系の労働者がおおく、女性の中古下着コーナーにもスリランカや、フィリピンのメイドさんがたかっていました。
詳しくはわかりませんが、デンマークでも集めた古着を難民キャンプへ送っているのでしょうか?売れそうなものを選んでこういったお店で売っているのかもしれません。結構いいものがありました。お店の雰囲気もおしゃれです。
赤十字のタグがつくとなんとなくカッコいいかも。
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by kuroyonmaki | 2007-06-27 23:49

ウィーンです。

ウィーンのNGOとうちわせです。
電車のなかでイラク人らしき人に合いました。なんと彼らは環境省で働いていて、放射能汚染のワークショップがあるそうです。多分UNEPかな?
ヨルダンからも環境省の人が参加。劣化ウランで攻撃された鉄くずなどがヨルダンに入ってくるので困ったもんだといっていました。
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オーストリアエアはテルアビブの上空を飛びます。イスラエルを見下ろしながら飛ぶのはなんとも複雑な気持ちです。久しぶりにテルアビブにも行きたい気分です。

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オーストリアのNGOの人と意見交換。これからは、いろいろ協力していくことになりました。
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さて気になっているのはサッカーです。
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結果は1-0でイランの勝ち。
西アジア杯を手に。おしかったですね。
でも、スタジアムは盛り上がったんじゃないでしょうか?
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by kuroyonmaki | 2007-06-25 18:37

ヨルダン、最後の日

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今日は、都市難民の一家を訪問しました。
お母さんは町でタバコを売っていましたが、がさいれが入りタバコは没収。現在は仕事がありません。

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以前は街中にタバコを売っているイラク人がたくさんいましたが最近数が減っています。
女性は、こういった仕事の許可が下りるケースもあるらしいですが、ほとんどが違法の労働者。ヨルダン人のブローカーがいて仕事を斡旋してくれるようです。
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少女の弟は4歳。2004年にサドルシティでまだ9ヶ月だったのでヨチヨチ歩きをして道に出たところカチューシャが飛んできて車に当たり、車が爆発して大火傷を負いました。
パスポートの写真は火傷の跡がくっきりと残っています。ちょうど今日は手術の日で、お母さんと一緒に入院しています。
少女は学校にも行けずに薄暗い部屋でTVを見たり絵を描いたりしてすごしています。ボールペンが2本しかなく、私がホテルのボールペンを上げるととってもうれしそうでした。
さて、今回の中東訪問もこれでおしまい。
明日はウィーンです。


ここで紹介できなかったお話は、6月30日の報告会で。
6月30日(土) 14:30~16:50 (開場14:00) 早稲田(東京)
【講演】 「ガンと戦うイラクの子どもたち」
イラク戦争が終わり4年たちましたが、イラクの状況は悪化を続けています。
しかし、世の中の関心が薄れ、支援は減っています。
治安の悪化や貧しくて病院にも行けない子どもたち、病院には薬が不足し、多くの子どもたちが死んでいきます。
それでもJIM-NETは、一貫してガンの子どもたちを支援し続けてきました。
だからこそ見えるもの訴えたいものがあります。
ヨルダン、クウェート、シリアで聞き取りをして帰国したばかりの佐藤真紀(JIM-NET事務局長)から、イラクの今を伝えてもらいます。
※ どなたでも参加で可能です。ご不明な点は下記までお問い合わせください。
大竹財団ホームページ内のご予約申込フォームより予約も可能です

■ 会場:早稲田奉仕園・日本キリスト教会館6F(ABC) 新宿区西早稲田2-3-1 (地図)
■ 講師:佐藤真紀(JIM-NET事務局長)
■ 参加費:500円 (大竹財団発行「地球号の危機ニュースレター」定期購読者、学生は無料)
■ 主催:財団法人大竹財団、日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)
■ お問い合わせ:財団法人大竹財団 (Tel:03-3272-3900 Fax:03-3278-1380)
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by kuroyonmaki | 2007-06-24 07:01 | 難民

イラクが決勝進出

6月22日西アジアサッカー選手権の準決勝です。

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ヨルダンVSイランは0:1でイラン。
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イラクVS シリアは3:0でイラクが勝ちました。

さて、24日決勝ですが残念ながら私は、ウィーンに移動。試合が見れません。。。
がんばれイラク。

私の予想ですが、イランはあんまり点を取ってないので、イラクが僅差で勝つ可能性もあります。
気持ち的に、1-0でイラクにしましよう。


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by kuroyonmaki | 2007-06-23 17:47 | アンマン滞在日記

イラクの子どもたち

CBSの報道によれば、米軍が家宅捜査中に、ハナン孤児院を捜査したところ、20人以上の裸のままの男の子が発見されました。
ベッドに繋がれていたり、自らの糞や小便にまみれていて、最初はしんでいるかと思われるようでした。
米軍の一人がバスケットボールを投げてみると中の一人が頭を上げたので生きていることが判明しました。男の子は24名で3歳から15歳。中の一人はほとんどしにかかっていて、数千のハエがたかっていました。目の中や、鼻や口の中にもハエが入っていました。
少年が動かせるものは、目の玉だけでした。
 一方ケアセンターのオフィスには、衣服や食料のストックであふれていたとCBSのレポートは伝えています。
イラク軍と米軍は協力して男の子たちを保護し、医療支援を受けさせているとのこと。
マリキ首相は、調査して孤児院の責任者を罰するとのことです。
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写真はアラブタイムスから撮りました。
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by kuroyonmaki | 2007-06-23 16:20 | イラク情報

ノーマンズランドの難民

JIM-NET医師団を6月17日、イラク・ヨルダンの国境に派遣することができました。
鎌田實医師、加藤ユカリ医師、堺野医師3名と看護師2名、薬剤師2名、他、総勢11名のチームが国境のノーマンズランドおよびルウェイシェッドの難民キャンプを訪問し、ヘルスチェックを行うとともに薬とフードアイテムを届けました。
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今まではイラク兵が治安を維持していましたが、今回は米軍も合同でパトロールです。
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今回届けた救援物資
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水痘症のこどもは、感染症を起こして点滴が必要でした。
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by kuroyonmaki | 2007-06-21 17:21 | アンマン滞在日記

砂漠のゴール 2007

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西アジア選手権がヨルダンで始まっています。
イラクが検討するも得失点差でイランがB組み首位
西アジア杯は、2組に別れ総当りで予選。上位2チームが決勝トーナメントを行います。
イラクは、22日に行われる準決勝戦へとこまを進めました。
A組み、シリア、ヨルダン、レバノン
B組み、イラク、イラン、パレスチナ

今までの結果

6/20/2007

Palestine 0 : 2 Iran
Jordan 3 : 0 Lebanon

6/18/2007

Iraq 1 : 0 Palestine
Syria 1 : 0Jordan

6/16/2007

Iran 0 : 0Iraq
Lebanon 0 : 1Syria

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この日は、アンマンのイラク人が結集して、応援しました。宗派対立、政党間の争いでイラク国内は混乱を続けていますが、サッカーとなると話は別。「イラクはひとつ」を掲げてみんな一生懸命応援していました。
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by kuroyonmaki | 2007-06-21 15:12 | アンマン滞在日記

イラク難民の場合

ヨルダンで生活するイラク人の家計簿です。
家族:おじいさんとお父さん、お母さん、娘2名 3歳の娘、1.3歳の娘5人家族。
収入は、父親の日雇いで、月90JD,雑収入30JD
支出が家賃55JD、電気、水5JD 電話3JD、薬10JD 食料20JD
合計93JDで何とかやりくりしています。

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ダウンタウンでタバコを売るおばさん。
最近はなんとなく数が減ってきたような気がします。
イラク人といえば、肉体労働者とか多くてイラク食堂は、日本で言えば牛丼やさん。私も若かりしころ地下鉄堀のドカチンをやっていたのですが、仕事が終わると親父さんに、牛丼を食わしてもらっていました。そんな食堂が減って最近は高級イラク料理屋とかが増えているような感じがします。

 ある難民の家族を訪れました。
キリスト教徒の一家は、ニューバグダッドで、酒屋をやっていたので、アンサール・スンナに脅迫されて、2001年の12月24日、まさにクリスマスイブにお店を破壊されてしまいました。店を破壊さたあとも脅され従業員は殺されました。
2002年5月にアンマンに来て難民が認められ7月にはドイツに。
しかし、折角、ドイツにいけたのに今度は妻が乳がんになってしまいました。ドイツでは、7年以上住んでいないと、国からの医療支援は受けられず結局、ヨルダンに戻って治療を受けることになりました。ヨルダンのKHCCでは治療費が、50,000JD、国立のアルバシール病院では15,000JDなので国立病院で、手術した後キモセラピー、放射線療法、ホルモン療法を続けています。
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この一家の子どもたちは学校に行っています。
12歳の女の子はクラス29人の中に4人のイラク人がいるといっていました。パレスチナ人はサダムフセインが大好き。何でイラク人はサダムを殺したんだと攻められることもたびたびあったそうです。
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by kuroyonmaki | 2007-06-20 05:53 | アンマン滞在日記