中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

<   2007年 01月 ( 12 )   > この月の画像一覧

ブログを!

限りなき義理の愛『大』作戦が始まり、日本各地をチョコレートを売り歩いています。
九州、関西と昨日からは松本にやってきました!おかげさまで、チョコのほうも8000くらいは行きそうです。
ブログがなかなか更新できませんが、チョコレート奮闘記は、JIM-NETブログへ投稿してますのでそちらの方もぜひご覧ください!
http://blog.livedoor.jp/jim_net/?blog_id=1519438

ついでに、番宣しちゃいますと

ラジオ出演のお知らせです。
明日、朝7時からTOKYO FMのモーニングコラムという番組に事務局長の佐藤が生出演します。

また、信州地方のみですが、SBCの番組は1月30日の出演で、7:30ごろの放送になりますが、モーニングワイドラジオJに出演予定です。
http://www.sbc21.co.jp/bangumi/radioj.html

ぜひ聞いてください。
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-25 13:07 | 007限りなき義理の愛大作戦
皆様、1月12日、無事に日本に帰国いたしました。
そして、14日からは、007限りなき義理の愛大作戦のプロモーションツアーに九州に来ています。
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-17 00:46 | 007限りなき義理の愛大作戦

注射

b0041661_0541669.jpg

それで、すっかりルウェイシェッド難民キャンプについたときは日が暮れて。それでも注射をしにキャンプを回るわれらがJIM-NETボランティアのハイサム。
b0041661_283931.jpg

まるでなまはげがきたような驚き!
b0041661_2104129.jpg

これは、キャンプを警護している兵隊。
彼らもインフルエンザにかからないように注射。
ともかく大喜びの兵隊たち。寒い中、ちゃんとキャンプを守り、インフルエンザを子どもたちに移さないように。ご苦労さん。
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-15 00:58 | 難民

生活

それでは、何枚かの写真を。
b0041661_0442055.jpg

煙突と電柱。アメリカ軍が電線を持ってきてくれた。
b0041661_0461534.jpg

b0041661_0471055.jpg

アメリカ軍のヘリコプターが発着する
b0041661_048780.jpg

そして、彼らは、ご飯を持ってきてくれた。おいしい!でもさすがに申し分けなく肉を残す。ちょっとだけ食べてと思うがそのちょっと加減が難しくちょっとが多かったかも。
バハマンがなかなかこない。結局彼は国境で足止めされ、UNHCRのトラックだけが到着。
b0041661_0504847.jpg
b0041661_0512755.jpg

トラックに水をもらいに行く子ども
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-15 00:52 | 難民
b0041661_0311987.jpg

この日、昨日まで、降り続けていた雨がピタッとやんだ。
それでも国境のキャンプは冷え込む。
テントの中はぽかぽかとあったかい。
このストーブはヒューマンライツウォッチという団体が持ってきてくれたという。
でも燃料はこれ。プラスチックを拾ってきてそれをくべているのだ。
b0041661_0321630.jpg

[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-15 00:35 | 難民
b0041661_23412315.jpg

1月8日、ノーマンズランドに薬を持っていくことになった。
インフルエンザの予防接種は、1ヵ月後に2回目を打つようにとの指示があったのだが、ヨルダンの保健省に行くと、「ヨルダンでは一回でいい」という。薬局で薬の注意書きを確認したところ、確かに一回で6ヶ月の効果があると書いてあるので、残りは、まだ注射をしていない、ルウェイシェッドキャンプの子どもたちに摂取することに。許可を取り付けるのに、丸々一日、奔走することになったが、内務省と交渉し、なんと一日で許可がでた。
 難民キャンプからちょうど電話がかかり、抗生剤や目薬を持ってきてほしいとのこと。あわてて約20万円ほどの薬を手配して準備完了。
 難民キャンプのアザットの話では、イラン系アメリカ人が明日行くといっているというので、早速その団体の電話番号を教えてもらう。
ホリディ・インというホテルに泊まっているというので早速会いにいくと、バハマンというおっさんがいた。ビジネスマンの彼は、お金を集めては、キャンプへ携帯電話や、サテライトTVなどを支援してきたという。何でも、ヨルダンの王室ともつながりがあり、バリバリと交渉している。キャンプの住民のリストを作り、多くの難民の親戚がすでにスウェーデンに移住しているから、スウェーデン大使館と話をつけて、移住させようとアドボカシーもやっている。
しかし、まだキャンプに入る許可が出ないという。
 わが、JIM-NETボランティアのハイサムが、どうやって一日で許可を取ったかを説明すると、
「なんやねん。俺は、王室に知り合いがいるんや。それなのになんで、こんなに時間がかかっているんや!」と悔しそうだった。彼のプランでは、食料などを買い込むので、私たちは薬を持っていくことで、もし許可が下りたらいしょに行こうということになった。
b0041661_0114628.jpg

朝早く、薬を車に積み込む。
b0041661_0133581.jpg

このおっさんがバハマン。自分で四駆のレンタカーを借りてやる気満々。結局彼も合流することに。
まずルウェイシェッドにつくとUNHCRの倉庫へ直行。UNと話をつけて、トラックを調達、UNHCRの持つマットレスや、毛布も運ぶことになった。それで、さらにバフマンは、ルウェイシェッドの町で、小麦1トン、砂糖1トンなどを買い込み、JIM-NETチームとUNHCRチーム、バハマンチームの3台の車がキャンプへ行くことに。
しかしバハマンが買い物しだすととまらなくなるので、JIM-NETチームが一足先にキャンプに行くことになった。というのも、僕たちは、ノーマンズランドへ薬を届けた後はルウェイシェッドへ注射をしなければならない。こちらのキャンプはパレスチナ住民がほとんどで、イラン人であるバハマンは関心を示さない。一方、パレスチナ系ヨルダン人のハイサムにとっては、パレスチナ人の救済は大切なテーマ。この2人がチームに加わるのは、説得力があった。
b0041661_23401315.jpg

JIM-NETチームはすんなりと国境を越えてノーマンズランドに行くことができた。しかもヨルダンの国境警察のパトカーにのせてくれてヨルダン国境からノーマンズランドのイラク側キャンプへ連れて行ってくれるという親切さ。しかも帰りは迎えに来てくれるというのだ。前回ぞんざいな扱いをうけたハイサムは、待遇の違いに驚いていた。
 結局バハマンのせいで買い物に時間をとられキャンプには、2時半ころ到着した。
ここにくると、難民の生活が力強く感じられる。
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-15 00:29 | 難民

パレスチナ人の場合

バグダッドのパレスチナ人への迫害は、日増しに激しくなっている。
ヨルダンに、逃げてこれる確率は、少ない。
一時は、偽造パスポートを入手してイラク人に成りすまして、入国する人々もいた。今では、本物のパスポートをもっているイラク人ですら、「偽造パスポート」の疑いをかけられて入国を拒否されるケースが増えているという。ヨルダンは正直これ以上イラク人を入れたくないのである。
 そこで、最近はシリアへ逃げてくる人たちも多い。
数週間前に逃げてきた家族は、ヤムルーク難民キャンプのアパートを借りて暮らしていた。
難民キャンプといっても48年にイスラエルが建国されたときにできたキャンプで、当時はテントだったが、今はビルに変わった。
キャンプの入り口にはハマスやアラファトの写真があり、本当にシリアなのかと錯覚してしまう。
200ドルの安アパートに3家族が暮らしている。
「僕たちはイラクで生まれたけど、パレスチナの言葉を話すことができる」確かに周りのパレスチナ人と区別がつかないくらい同化していた。
 ファーティマ(仮名)は、数ヶ月前に、道を歩いていたら、車が爆発、大やけどを負った。
「もう、我慢できなくて、泣いた」それでイラクを去る決心をしたという。
b0041661_816289.jpg

b0041661_8163944.jpg

[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-10 08:16 | アンマン滞在日記

脅迫状

さて、ダマスカスに着くと、ちょうどバグダードから逃げてきたという男に出会う。
彼は、500ドルの家を借りている。もともとはイラク政府の役人だったが、アメリカ軍の占領が始まってから、鞍替えした。
英語が堪能だから、NGOで働いていたという。その名前は、「テロをなくす協会」何をしていたかというと、米軍の通訳だ。米兵と一緒に写っている写真を自慢げに見せてくれた。
「脅迫状が届いた」という。
「ひとつは、アルカイエダ」車のワイパーにはさんであったという。
もうひとつは、シーア派の民兵。これは黒装束の男が実際やってきて手渡していったという。
そしてバース党からのもある。
彼は、脅迫状を大事にとっていて見せてくれた。三つ折にした折り目以外は、皺もない。
「まだまだあるぞ」という。
最後は、脅迫状と一緒に9mm砲が封筒に入っていたという。これは必ず殺すというサインだそうだ。
家とか売り払ってでてきたが、そろそろお金もなくなるから、仕事をしたいという。
米軍の通訳をやれば、相当稼いだのであろう。彼も読みが甘かったことを認めている。アメリカについていけば生活はよくなると思ったという。
今は、妻と4歳の娘とダマスカスでひっそりと暮らしている。
「ひっそりが大事だ。今は仕事をしないほうがいいよ」と勧めた
b0041661_7595339.jpg

[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-10 08:10 | アンマン滞在日記

Damascus

イラク難民に関して隣国シリアではどうなってるのかなということで、金、土の休みを使って、ダマスカスに行くことに。
まずは、ヨルダンのUNHCRで話を聞きました。
UNHCRのアンマン事務所代表のロバートさんは、メールではよくやり取りをしていますが、ちゃんと会うのは初めて。実際あってみると気さくな人でした。
 彼も言っていましたが、イラクの金持ちが結構いて、不動産を買ったり、ホテルや、レストランを始めたりしてヨルダンの経済の活性化に一役買っている一方で、仕事もなく、十分な医療や教育を受けられないケースも増えています。多くは、ビザ切れの不法滞在になるので、病院にいったりすると、そのことがばれて追い返されるのではないかと心配しているとのこと。
ヨルダンはスンナ派が多いので、スンナ派には、いいが、シーア派がいじめられることも多いとか。それでUNHCRに保護を求めてくるのは、シーア派が多いとのこと。もっとも、シーア派とスンナ派で結婚したカップルも結構あって、彼らが両方から迫害されるのを恐れているそうです。
受け入れに関しては、サダム政権下から逃れてきたひとをアメリカが年間800人くらい受け入れてきたそうですが、2003年の戦争で政権崩壊した後は、むしろイラク国内への帰還を促進する意味もあって受け入れはしてこなかったのを、ここにきて再開するという話もあるそうです。
最近、ヨルダンは、イラク人を国境で追い返すケースが多いといいますが、やはり、2005年の、アンマン連続爆破テロ事件後、ナーバスになっており、パスポートが偽造であるといちゃもんをつけて追い返すケースも増えているとか。シーア派はダメと公式に言うことができないから、パスポートに何らかの問題があるといった説明しかできないのでしょう。一方本当に偽造パスポートで入国しようとする人たちもいるようです。
ヨルダンは、通常はイラク人は3ヶ月は滞在できるはずですが、最近は私たちの友人もよくて72時間のトランジッドビザしか出してもらえないみたいですし、長期滞在の住民票(イカマ)はもっと難しく150,000JDの預金がないといけないとか。イカマをとって初めて子どもたちは公立の学校に通えます。
b0041661_0173975.jpg

さて、イラクからの難民に関しては、こういった都市難民のほかに、難民キャンプに収容されている人たちが119人います。彼らは、ほとんどがパレスチナ人でイラク人は2家族のみ。テントで生活していますが、UNHCERが、食料や医療の支援をきちんとキャンプで行っています。
そして、そのほかには、国境を越えられなくてイラクとヨルダンの国境の狭間で生活を余儀なくされている人たちが194名います。
子の194名が、水や食料、医療にアクセスすることも困難な状況におかれています。
JIM-NETでは、昨年の9月に初めて医師団を送りました。
ロバートさんの話では、ヨルダン政府は、これらの難民に関して非常に寛容だ。といっていました。一方で、解決の見通しも。つきません。
 さて、国連事務所を後にした私は、早速シリアに向かって出発です。
国境では、シリア経由でハッジ休暇から戻るトルコ人などがわんさか押しかけ入国に時間がかかってしまいました。
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-09 23:51 | アンマン滞在日記

やっぱり食い物です。

イラクのドクターをアンマンに呼んで正月からワークショップをやっていました。二日間にわたるワークショップも無事に終わり、最終日はディナーです。
イラク料理を食べようというとドクターも大喜び。
その日、ドクターは、小学校の恩師がアンマンにいるのであってきたそうで、そこでも、こんな危ないイラクに戻るのはよしたほうがいいと説得されたそうです。b0041661_14372690.jpg

b0041661_14381358.jpgさて、イラク料理といえばやはり魚。チグリス、ユーフラテス川に生息する鯉のような魚ですが、これを炭火で焼くのがイラク風。マスグーフ(?)私はどうもうまく発音できません。
このイラク料理屋さん、4ヶ月前にオープンしましたが、従業員もみんなバグダッドから逃げてきたそうで、そっくりそのままイラクの味が売り!ドクターも大喜びです。
イスラムは、ナイフで頚動脈を切ってビスミッラーと神に感謝して生き物を殺すのが普通ですが、この魚だけは、なぜかこんぼうで殴り殺します。
[PR]
by kuroyonmaki | 2007-01-04 14:45 | アンマン滞在日記