中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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サダムの終わりに

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さて、シャルルドゴール空港に無事到着。空港のセキュリティチェックは厳しくなる一方。折角成田の免税店で日本酒を買っていって新年は日本人の友人たちと酒盛りでもアンマンでやろうと思っていたのに、液体はだめです!といわれてしまった。今回アンマンに持ち込む液体はガンの薬。事前にヨルダン政府の許可を取り付けたから良かったものの、これからはますます大変。サダムフセインが処刑されたことで、サダムシンパ=テロリストということにされてしまう。ヨルダンは、サダムシンパが多いから、ヨルダン政府もピロピリしているだろう。
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時期が時期だけに、2007年は厳しいとしになりそうだ。
サダムでなくても、ブッシュ政権のめちゃくちゃは、アメリカ国内でも問題になっている。
いい悪いは別にしてサダムは歴史だし、イラクの文化そのものがサダム文化だった。アメリカを批判するものすべてがテロリストといった弁明はもう通用しない。みんなが気がついたところで平和になるかというのは別問題かもしれない。何故なら、力に対しては力で戦おうとするから結果的にはさらに多くの犠牲者がでる。2007年はいい年になってほしいと思うが、そう簡単には行かないんだろうなというのも実感としてある。私がヨルダンに着くころは時差の都合で日本はすでに2007年になってしまっている。
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by kuroyonmaki | 2006-12-31 15:32 | アンマン滞在日記

いざアンマンへ

さて、007限りなき義理の愛大作戦を決行するために私はパリへ本日旅立つところ直前になって、電話。サダムフセインが処刑されたとのことで、読売新聞がコメントを求めてきた。
まさに、これからチェックインしようというところ。
 まず、裁判そのもの正当性が?だ。
しかし、今のイラクでは方の支配というよりは、派閥、部族あらそいですでに多くの有力者が暗殺されているわけだから、サダムフセインがたとえ処刑されなかったとしても、今のイラクを生き延びるのは難しい。
 マリキ政権にとってサダムは悪そのものだが、一般のイラク人にといってサダムはひとつの時代だった。その時代が良いか悪いかといえば、最初は悪かったのだが、今ではサダムの時代の方がまし、あるいは良かったというのが一般のイラク人だろうし、アラブというレガシーがそこにはあるのだ。この裁判では、かえって、サダムがヒーローと化した。当然、多くのアラブ人が、サダムを殉教者として、唯一腐敗したアメリカに抵抗した人物となるであろう。この処刑が決して治安の安定につながるどころか、内戦のトリガーとなりそうで怖い。
これからおとづれるヨルダンではなおさらサダムシンパが多い国。
人々の不条理に対する怒りが一気に爆発するかもしれない。
憂鬱な気持ちだ。
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by kuroyonmaki | 2006-12-30 20:39 | アンマン滞在日記

ご挨拶

皆様、2006年はお世話になりました。
まもなく私は、パリ経由で、ヨルダンに行きます。カウントダウンはアンマンです。
2007年が、きっといい年でありますように!

また、現場からホットな情報をお伝えしますので、ご期待下さい。帰国は1月12日を予定しています。

さとうまき
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by kuroyonmaki | 2006-12-29 10:37 | 日本でのイベント

SPAと週間朝日

今週号のSPAに先日の記者会見の記事が出ています。
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こちらは鎌田先生の連載。
このあいだのヨルダンでのことが書かれています。
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是非ご覧下さい
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by kuroyonmaki | 2006-12-26 21:27 | 日本でのイベント

メリークリスマス

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岐阜の街もクリスマスですが、
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なぜか私はその夜禅寺に泊まりました。
朝、5時におきて座禅を組むはずが、肝心の住職が寝ていておきてこなかったので座禅は見送り。仏教はいいなあ。
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by kuroyonmaki | 2006-12-26 21:24 | 日本でのイベント

岐阜

岐阜のイベントに参加しました。
なんと土曜日の朝6時30分に新宿集合という話でしたが、さすがにそれは勘弁ということで、新幹線で行くことに。
「世界の子ども平和際」でイラクの子どものことを話しました。
金公園というところ。今年はわりとあったかいけど、さすがに、ずーっと外にいると冷えてくる。
埼玉から駆けつけたのは牧師さん。「明日は、本業の方が忙しいので、帰ります」と去っていかれた。
そして、若者たちの寸劇。サンタクロースとトナカイが、困っている人たちを助けるという話。
「ああ、いい仕事ができたなあ」「ほんと、うれしいです」とトナカイとサンタが抱き合って、
「ところで、クリスマスは、明日じゃない?」「え!」というおちなんだけど、明日は24日、クリスマスイブやろ。くりすますちゃうやんか!と突っ込みたくなるおちでした。
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イラクの子どもたちの絵を飾りました。
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岐阜といえば、日比野克彦。というわけで16銀行の古い建物を使った展覧会をやっていました。こんなステキな会場でイラクの子どものポスター展ができればいいなあと。
古い建物っていいなあ。東京はすぐそういう古い建物壊しちゃうけど、もっとそういうところでNGOって活動できないかなと常々思っています。会場にJIM-NETのチラシを置かしていただきました。
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by kuroyonmaki | 2006-12-26 21:20 | 日本でのイベント

外務省へ行く

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先週は、JVCと一緒に、日本政府に今のイラクノ現状をしっかり見つめてきちんと支援するように要望しようということになりました。こういう活動をアドボカシーといいます。
 12月に入ってからいろいろ議論してきましたが、現場で活動するNGOとしてJIM-NET参加の8団体の連名で提出することになりました。
JVCの人脈で、岩屋外務副大臣との面談できることになり、要請書を手渡しすることになりました。
 まず、やはり言いたかったのは、何で日本がこんなことになってしまった「イラク攻撃を支持したのか」ということです。外務省とこの議論をしてもなかなか埒が明かない。「そうはいっても、こうなってしまったものはしょうがないので、日本としては、約束した支援をきちんと行っていく」ということになってしまいます。今回も、議論はしませんでしたが、要望書には、私たちの立場として一貫して戦争には反対してきたことを改めて強調しました。詳しくはJIM-NETのHPに資料として公開していますので見てください。
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ポイントはともかく現場なんです。白血病にしても、難民問題にしても、自分たちがであった人たちをきちんと助けたいという思いです。そして最後に取り出したのは、はなぢバッチ。
副大臣が議員バッチなら、NGOははなぢバッチで勝負。
「子どもたちが画いた絵です。しっかりと、感じて、イラクの子どもたちのことを忘れないでください」と訴えたのですが、カレンダーと一緒に「買いますよ」といってお金をポケットから出してくれました。日本の政策を根本からただすのはすぐにというわけには行きませんが、副大臣の500円はすぐにも支援に使われます。私たちはもっと伝えていかなければなりません。
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by kuroyonmaki | 2006-12-20 04:49 | 日本でのイベント

ジョンレノン

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ジョン・レノンの命日にちなんでDVDを買ってきました。
Give peace a chance のドキュメンタリー。
あの時代は、すごいなあと改めて思いました。なんだか、元気が出てきます。
オノ・ヨーコも言っているんだけど、戦争産業は、目的が同じだからすぐひとつにまとまる。平和産業は、頑固でばらばらだって。
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by kuroyonmaki | 2006-12-11 02:46

できた!

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鼻血かんばっち。今日仕上がりました。思った以上にかわいいー。
十円玉くらいの大きさですから、2個で300円で販売します!
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by kuroyonmaki | 2006-12-09 18:46 | 日本でのイベント

バスラから愛をこめて

イブラヒムから悲しいお知らせが届きました。

「今日は、私たちが支援してきた貧しい患者の話をさせてください。
彼の名前はマザへム。11歳の男の子です。8歳のときから白血病になりました。でも、彼のお父さんは、生まれて2週間のときに交通事故で死んでしまいました。面倒を見てくれたおじさんは、2003年、米軍が侵攻してきた際に、殺されてしまいました。
ムザヒムはお母さんと一緒に、ナシリアの村で暮らしていました。川の水を飲んでいました。
お金の補助50ドルあげ、ついこの間、洋服を買ってあげました。
でも、今日彼は病院で死んでしまいました。あんなに元気だったのにとても悲しいです。
謹んでご冥福をお祈りします。
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バスラの病院は患者の数が増えて大変です。バグダッドが危険な状態なので、多くはバスラの病院に来るようになったからです。薬が足りません。アンマンからバスラまで薬が来ませんが幸いなことに、ここバスラの薬局から一部の薬は買うことができます。それで何とかつないでいます。
昨日は、マフディ軍とイギリス軍が朝早くからハヤニア地区で衝突しました。銃声が5時間続いていました。」
イブラヒム バスラより
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by kuroyonmaki | 2006-12-06 01:59 | イラク情報