中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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生まれてくること

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一年半の間に、ノーマンズランドで生まれた子どもは7人だという。一人は、ヨルダン側の病院で生まれたけど、残りはみんなテントで生まれた。出生証明もない。国籍もない難民のこども。
UNICEFのスタッフは、家族計画の説明をはじめた。ピルをくばり、コンドームをおいていく。
b0041661_4334911.jpgまるで去勢された猫のよう。これ以上難民は要らない!
母親の一人が言った。
「私たちは難民です。救われることはないでしょう。ただ、この子たちは何とかして欲しい」
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by kuroyonmaki | 2006-09-29 04:37 | アンマン滞在日記

予防注射

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ジャパニーズ医師団が注射を手伝った。
この日は、はしかとポリオ、破傷風、ジフテリア、場合によっては5種混合(B型肝炎、肺炎球菌、破傷風、百日咳、ジフテリア)の予防接種。
ドクター、ナースがすぶすとさしていくのを横で見守る。
僕は注射が嫌いで、自分がされるときは目をつぶっているけど、子どもたちは結構平気。
でも中には当然泣き叫んで大変な子どももいる。

紛争予防も注射で済ます?
それって教育かもしれない。憎しみの連鎖に終止符を打つ注射や、お金儲けに歯止めをかける注射。
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by kuroyonmaki | 2006-09-29 04:26 | アンマン滞在日記

保護色

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イラクの入管の近くに米兵が歩いていた。迷彩色はまるでカメレオンのように実を隠す。
彼らは裁くのカメレオンかもしれない。
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by kuroyonmaki | 2006-09-29 04:11 | アンマン滞在日記

ノーマンズランド

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トラックから水をもらう
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by kuroyonmaki | 2006-09-28 06:00 | アンマン滞在日記
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by kuroyonmaki | 2006-09-28 05:55 | アンマン滞在日記

ノーマンズランド

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by kuroyonmaki | 2006-09-28 05:48 | アンマン滞在日記

難民

ともかく、今回は厳しいやり取りが続きました。
イラクから出てきた難民は、現在、ヨルダン国内の難民キャンプに300人ばかり。一時は2000人近くいた難民もここまで数は減りました。しかし、2005年1月に新らたに200人のイラン系クルド人が国境に出てきましたが、今度は、ヨルダン政府がかたくなに拒否し、イラク国境を越えたすぐのところに済み始めました。そして今年の3月にはバグダッドのパレスチナ人が国境まで出てきましたが、彼らもイラク側でスタックされ問題になりました。このあたりが、パレスチナ人の方がまだましで、シリアが受け入れを表明して、ハッサケのキャンプに収容されました。
結局、クルド人だけが残されています。一説によると、彼らの中にはムジャヒディーン・ハルクという、イランの反体制グループが含まれており、サダム政権下では、イラクから、イランを攻撃していたグループです。そのため、イランの圧力がヨルダン政府にも加えられて、結局国境に止められているとのうわさもあります。
 今までも、国連と交渉して、視察をお願いしていましたが、完全にイラク側になるために、UNHCRもイラク事務所、イラク赤新月社が時たま救援物資を持ってくるといいます。
6月にUNHCRイラク事務所で打ち合わせたところ、日本のドクターグループが来るのなら是非診察などして欲しいとのことで今回、調整してきました。
でも、UNICEF、UNHCR、ヨルダン内務省、国境ポリスなどややこしい手続きがあり、結局今回は無理かなと諦めていたところ、電話が入り急遽、日帰りでキャンプに行くことになったのです。
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ちょうど、アンマンのパレスチナ難民キャンプを鎌田實先生と歩いているときに電話が入り、「UNICEFと一緒なら許可を出す」との連絡。
急遽、医者2名看護師1名のチームを組み、UNICEFチームと合流することに。翌朝5時に出発するという話がまとまったのです。

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アンマンにあるパレスチナ難民キャンプ。ヨルダンは7割がパレスチナ人。30万人がパレスチナ難民として暮らしてます。ヨルダンは難民受け入れに十分貢献してきたとし、これ以上の難民受け入れはないとしています。
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by kuroyonmaki | 2006-09-27 23:56 | アンマン滞在日記

イラク国境を越える

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ヨルダンを出国
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イラク側へ入る。国境治安警察と記念撮影
2004年2月に陸路を越えて以来。
イラク国旗がまぶしい
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ノーマンズランドのクルド系イラン難民。長距離トラックを止めて水をもらう。
現在約200人の難民には、国連などの支援が届きにくい。
水や食料は自力で確保するしかない。
UNHCRは、北イラクの難民キャンプに行きさえすれば、水や食料は、必要なだけ支援される殻、そちらへ移るべきだというメッセージを届け続けているという。
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by kuroyonmaki | 2006-09-26 08:56

イラク、シリア

アンマン会議も終わり昨日は、ルウェイシェッドからイラク国境を超えました。
今日はこれから、シリアまで行きます。
うーん、長いたびが続きます。
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by kuroyonmaki | 2006-09-22 14:27

いよいよアンマン会議

今日は朝から、大変な一日でした。
早速、イブラヒムに付き合ってもらって、内務省にいき、イラク国境のイラン難民の健康診断に動向するための許可を出してもらおうと思いましたが、これが担当がハラブシさんだというので、申請書を書いて持っていくのですが、全く相手にしてくれなくて、ヨルダン軍の国境警備オフィスに行けといわれて、よそよそしい軍隊の基地に入っていきました。しかし、そこでは、セキュリティ・ポリスに行きなさいといわれまたまたたらいまわし。最初のハラブシさんは最悪でしたが、他は結構親切にしてくれました。
ハラというのはアラビア語で、「くそ」という意味があります。結局最後は、内務省に行きなさいというわけで、ハラブシさんのところを再訪問。くそっって感じです。
結局、許可が出るかどうかは明日わかることになりました。
 夕方、イラクドクターズと日本からは、鎌田實先生らが到着。みんな集合して、ちょっとしたMTを持ちました。ご存知のように、イラクでは、市民の生活を麻痺させようといういろんな力学が働いています。治安の悪貨や、イラクドクターたち、知識人でありながら市民の生活を支えている人たちがテロや脅迫状が送りつけられています。僕だったら逃げ出したいなあと思う中でもイラクのドクターたちががんばっています。
 そして今回はイブラヒムが、院内学級などの報告をみんなの前で発表するというので、夜遅くまで発表の練習をしたのでした。
現在ネット環境が悪くて写真をUPできていませんが、イブラヒムがバスラでうつした写真もたくさんあるのでお楽しみに。
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by kuroyonmaki | 2006-09-20 06:05 | アンマン滞在日記