|
ブログパーツ
ライフログ
以前の記事
2012年 05月2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 01月 2005年 11月 2005年 10月 2004年 11月 2004年 10月 カテゴリ
全体007限りなき義理の愛大作戦 難民 日本でのイベント イラク情報 NYメモ アンマン滞在日記 さとうまきのイラスト 音楽うんちく イブラホン カンボジア サブリーン とみおの漫画 映画 アルビル日記 イラク情報 クウェート日記 東北 原発 未分類 ファン
|
アブサードの提案でアヤちゃんの遺族を訪問することになった。アヤのお父さんはおとなしくて、感じのいい人だったが、アヤちゃんが治療している時は、とても暗く、近寄りがたい雰囲気もあった。今回家庭訪問は初めて。丁度数日前に、彼女の絵を改めてみて、やっぱりチョコレートには彼女の絵を使いたいと思った。今年は数をまた増やすので、3ヶ月も前からデザインを仕上げなければならない羽目に。数日で仕上げなさい!と叱られそうだが、これがなかなか数日でできるものではない。ガンの子どもたちとの関係作りから始めていくので、ただかわいいデザインができればいいというのではない。今年のテーマをどうしようかなと思って探していたら、アヤの変電所の前で楽しそうな女の子の絵がメモリースティックに入っていた。
この絵はなんだかイラク戦争と日本の福島問題ともつながってみえた。石油が取れる国が、戦争でぼろぼろにされ、ろくに電気がこなくなってしまったのだ。原発を止めるとともに、資源のための戦争も止めたい。そしてアヤの写真も出てきて、病院にもいけずに、自宅で点滴を受けるアヤ。世界の格差を感じてしまう。 http://www.youtube.com/watch?v=fA6zXyuEe_Y 今年のチョコ募金のテーマは、グリーンエネルギー。子ども達の絵から、グリーンエネルギーを考えてみる。アヤの絵には、電気があったり、自転車の絵があったり、ガスの絵だったり、面白いモチーフが満載されている。 ![]() それで、アヤの絵を中心に4つのテーマでコラージュしたものを作ってみた。 1)イラクの電気事情をしってほしい。 イラクはバグダッドで、3時間電気がきたら一時間は停電という状況が続いている。産油国なのに、イラク戦争後、益々イラクは途上国化している。日本がどうしてイラク戦争を支持したのか、中東の石油の確保はひとつの大きな理由だ。イラクは、公共の電気がどうしようもなく、町内会単位の発電機から電気を買っている。まさに日本がこれからやろうとしている電気市場の自由化が皮肉にもイラクにはある。 2)持続可能なエネルギー 車より自転車に乗る。自転車って本当にエコなのりもの。最近ジムに行っている人が多いけど、電気でベルトまわしてそこを走るってどうなんの?て思ってしまう。 3)もっと木を 坂本が提唱しているNO NUKES MORE TREES 4)太陽のエネルギー こういったエネルギーは中東はもっと使うべき。ヨルダンが原発を入れて近隣に電気を輸出しようとしているけど、夏場の太陽の力を利用しない手はない。 それで、アルビルのガンの子どもたちに、このアヤの絵を見せてイメージするものを描いてもらった。アヤほどはうまくかけないけど、一生懸命アヤの絵をまねしようとしているこどもたちの絵が面白く、最終的にはそういうのをコラージュして、作品に仕上げる予定。一週間ほどアルビルにこもって缶のデザインを完成!今日本の缶工場では、印刷に取り掛かっています。
イラクで出来ないがんの治療に放射線治療があります。なぜ、イラクでは放射線治療が出来ないかというと、1991年の湾岸戦争後、イラクが核開発の疑惑のために、制裁をうけ、放射線関連の機材などを輸入することが出来ず、イラクの医師が、放射線を取り扱う技術を身につけることすら許されなかったのです。
イラクの核開発の疑惑に関しては、フランスが、1970年代の後半から「平和利用」ということで原子炉を提供。1982年に稼動する予定でしたが、イスラエルは、核兵器の開発につながるとして、1981年に、いきなりイラクに建設中の原子炉を空爆しました。一方、イスラエルは、既にこのときフランスから購入した原子炉で、核兵器を開発していた事が、後になってわかりました。イラクの核施設は、湾岸戦争後は、国連の査察を受け、核物質は、厳しく管理されますが、1998年、当時のクリントン政権は、査察団にCIAのスパイをもぐりこませたとして、サダム・フセインは、査察団を追放。緊張感が高まります。そして、アメリカとイギリスは、イラクを空爆(砂漠の狐作戦)空爆は12月16日ー19日の4日間で終わりました。この攻撃で、イラクは完全に国連の査察を拒否するようになりましたが、2001年911のテロで、イラクの核兵器開発および所有の疑惑が、高く、国際テロと結びつくと大変なことになるという、証拠のない恐怖が語られ、2003年のイラク攻撃につながったのです。 サダム政権が崩壊し、アメリカの占領が始まると、こともあろうか、核物質が管理保管してあった施設がイラク人の略奪にあいます。ドラム缶が欲しいという貧しい市民が押し寄せ、高濃度のウラン(イエローケーキ)が入っていたドラム缶を持って行き、川で洗ったといいます。イラクでは、劣化ウラン弾の影響で小児がんが増えているといわれていますが、このときの、イエローケーキの拡散による放射能の影響もあるのではないかと思われます。 さて、そのような皮肉な歴史から、イラクでは、放射線治療の技術はほとんど育ちませんでした。未だに、その状況は続きます。バスラでは、近く機材がそろうようですが、治療が出来るようになるにはまだ時間がかかりそうです。 そこで、JIMーNETでは、バスラの小児がんの病院に通う子ども達で、放射線治療が必要な子どもたちをイランに連れて治療させるというプログラムを2009年に開始しました。(最初の患者は、サブリーン・ハフェド)イランのアフワズ州にあるキルスタン病院はバスラから、200kmほどです。2011年度は7名の患者を治療する予算で、11月に既に7名の患者がイランで治療を受け予算消化してしまいました。 しかし、現地スタッフのイブラヒムから、緊急性を要するということで、患者の追加の要請がありました。サジダさんといい、17歳の女の子です。骨髄のガンを患っています。父親が早く亡くなっているそうです。 13歳のときにガンと診断され、抗がん剤の治療をしてきましたが、経過があまり芳しくなく、背中の痛みなどがひどくなっているそうです。 そのため、緊急にイランの病院に搬送して、放射線治療を試みたい、とのことでした。 さてどうしたものかと悩んでいたら、沖縄平和市民連絡会から、バグダッドの病院の支援にということで340万円の支援の申し出があり、相談した所、50万円をサジダさんの治療費に充てることが出来ました。 イラクは、核兵器の開発所有という疑惑で、武力行使を行ないましたが、結果としては、10万人以上のイラク市民が死んでしまいました。そして、先ほどのイエローケーキの拡散と、米軍が新たに使用した劣化ウラン弾の放射能で、未だに、がんが発症して苦しみ芯で行く人々がいます。その人たちの多くが、治療すらまともに受けられないという、核燃料サイクルから生まれた悲劇が垣間見られます。 イランも核開発の疑惑で、アメリカとの緊張関係が続いていますが、人道的なスペースは、守らなければなりません。 現在イブラヒムは、サジダさんに同行し、イランにいます。
![]() 1月7日から始まったアジアカップ。イラクをはじめ、ヨルダン、シリア、クウェート、UAE,,とアラブ諸国がたくさん参加しています。 なんといってもJIM-NETはイラクを応援したいところ。日本はB組み。イラクはD組みになってしまったために、対戦するには、最低でもベスト8まで勝ち進まないとダメです。 イラクで注目の選手は11番をつけているハワル・モハメッド(MF) でしょうか。2007年のアジアカップ優勝の立役者。 この絵は、白血病のアハマッド・サラーム君が描きました。 ![]() ナシャット・アクラムはオランダでもプレーしたことのある選手。 ヨルダンでサラセミアの治療中だったアハマッド・ザーキ君が写した写真です。 そしてやはり、ここのところ得点をあげているキャプテンのユーニス・マフムードがどうチームをまとめていくか。 しかし、イラクの不運は、サッカー協会のごたごた。政府が介入しすぎるために、一時、FIFAから国際試合出場停止というペナルティもあり、ワールドカップ予選は集中できなかったために敗退。 現代はドイツ人の監督が率いる。ウォルフガング・シドカ (en) 2010.8- 実力はあってもここのところぱっとしないイラクチーム。何とか勝ち進んで欲しい。 D組みは、北朝鮮、イラン、イラクとUAEが戦います。 なんと、この組み合わせ、UAEを除いて2002年、G.Wブッシュ大統領が悪の枢軸と命名した国々。 11日からD組みは試合が始まります 北朝鮮×UAE イラク×イラン→25:00NHKBS1で 15日 イラン×北朝鮮→25:00NHKBS1で イラク×UAE 放送なし 19日 UAE×イラン イラク×北朝鮮 NHKBS1では2試合が同じ時間に組まれているために、どちらを放送するかはまだ確定していないようです。今のところ、イラクの試合でTV放送が決定しているのは、イラン×イラク戦のみ。やはり、イラクは、悪の枢軸から卒業した感があるのか、注目度は俄然、イランと北朝鮮??? 出来るだけ、たくさんイラクの試合を見たいところです。NHKにリクエストしましょう。
今年のチョコのバグダッドの絵を担当してくれたアヤ。
昨年、ヨルダンのキングフセインがんセンターで治療していたアヤですが、お金が尽きてバグダッドに戻ったのが昨年の11月。それからビザ申請していたのですが、なかなかヨルダンのビザが降りず、ようやくビザが下りたとの連絡を受けました。 ![]() ただ、様態はあまりよくなく、写真のように家の中でも点滴をしています。 選挙が始まる前にとにかくアンマンに移動することになりました。 正直様態はかなり悪く、体力がどこまで持つかが勝負。 彼女はウィルムス腫瘍だそうですが、バグダッドで誤診されることなくきちんと治療が受けられていたら、9割がたは助かるガンだそうです。 応援を是非お願いします。
会議にあわせてアルビルまで来てもらったローカルスタッフのイブラヒム。バスラの話を聞きました。
本当は千夜一夜物語のように、毎日、話を聞いていけばよかったですが、時間がな買ったのが残念。 18歳の先生 バスラの院内学級は、お絵かきをしている子どもがたくさんいます。しかし、さすがのイブラヒム先生も算数の先生なので絵を教えることが出来ません。 院内学級の絵画教室では、1)楽しくお絵かきをして時間を過ごしてもらうことと、2)絵心のある子どもを育て、イラストレーターとして、JIM-NETの活動に加わってもらうことです。 たとえば、サブリーンという少女は、生活費の保護を出して、JIM-NETの募金活動に使うイラストを提供してもらいました。しかし、サブリーンのような才能のある子が、そう簡単にいるわけではありません。また、才能のある子が、水彩やアクリル絵の具などの画材を使いこなせたら、もっと素晴らしいのにと思うこともしばしばです。 そこで、院内学級に絵画の専門家を派遣するという計画が、9月から始まりました。しかし、なかなかいい先生が見つからず、それじゃあ、ガンを乗り越えたザイナブに頼んでみたらどうかという話が盛り上がりました。ガンになったら死んでしまうんじゃないかとどうしてもネガティブに考えてしまいがちですが、ザイナブのように、元気になった患者が、子ども達に教えることは、希望を与えることにつながります。 ザイナブは、2005年に白血病になりました。 絵が好きだった彼女は、辛い闘病生活で、イブラヒム先生と絵を描いて過ごす時間が大好きでした。今は治療の効果があって、とても元気になりました。 ![]() 久しぶりに病院にやってきたザイナブ。今日から先生ですが、まだ18歳。うまく子ども達に教えることが出来るか不安でした。でも、自信もありました。「私は、子ども達の苦しみがわかるから」 ザイナブは、絵だけでなく、手を洗ったり、マスクをしたりすることを子ども達に教えました。ガンのこどもは、抵抗力が落ちているので感染症対策がとても大切です。 ![]() 子ども達は、大喜びでしたが、 イブラヒム先生は、「彼女は、教えるのがうまいとはいえないですね。白血球の状態もあまりよくなかったので、強く指示することは出来ませんでしたが、でも、かつて入院していた子が、5年経ってすっかり大きくなって、戻ってきてくれたことは、病院のスタッフにとってものすごくうれしいことでした。また、JIM-NETが送り続けた薬のおかげでここまで元気になっていることは、本当にうれしかった。」といいます。 ザイナブは、実際教えてみて、いい先生になりたいと思ったようです。病気のために中退していた、高校に入りなおすために、試験を受けることにしました。 ザイナブは、子ども達に絵を教える代わりに、イブラヒム先生には算数を教えてもらいました。三ヶ月がたち、ザイナブは、学校に復学。勉強して立派な先生になって欲しいです。 ![]()
10月26日、朝方まで、出張の準備。3時ごろ目覚ましをセットして寝たはずだったのが、目覚ましがならない!
不思議なことに、蜂に刺される夢をみておきるとすでに7時を過ぎている。 あわててタクシーに電話。雨が降っているとタクシーがなかなか電話つながんないのだが、一発でつながるというラッキー。しかし、電車の客車の中にある液晶モニターに今日の星座占いというのがあって、ふたご座は、なんと一番最後。最悪の日らしい。 今回は、イラクに薬を持っていくので、ウィーン経由になってしまった。 飛行機もなんだか小さいし、とっても窮屈な感じがして、本当、ウィーンに付いたら疲れてしまった。最悪の旅がはじまった。 ![]() ウィーンといえば、エゴン・シーレとかクリムトで有名だが、明日少し時間があるのだけれど、残念ながら美術館は休刊日。とことん運に突き放されてしまった!? こういうときはおとなしくしているべきですね。 ところで、ウィーンといえば、オーストリア・ハンガリー帝国。でも、飛行場は小さい。オーストリアエアもルフトハンザに買収されるし、ヨーロッパといってもそれぞれの国は、ひとつの州といった感じですね。 日本はそう思えばやはりでかい。でかいから、もっとしっかりしなきゃいかんな。
そろそろ、来年のバレンタインデーに向けたチョコのパッケージのデザインを作らなければいけない。
今年は、チョコレートの中身も替えようと話が盛り上がっている。 今回は、バスラ、バグダッド、モスル、アルビルの4都市の子どもの絵を集めてきた。 この週末に何とか仕上げようと、絵の選定に入った。 面白い絵がたくさんあって、見ているだけで元気になってくる。 サブリーンの絵をあらためて11歳のときの絵から、最近の絵まで、まとめて見てみた。 ![]() この絵は、おそらく一番最初の絵かもしれない。 そして、最近の絵がこれだ。 ![]() バスラを観光するのならどういうところがいい?とサブリンにお願いして描いてもらった。 最近のサブリーンの絵は大きい。そして色鉛筆で力いっぱい塗りつけるという技法だ。 今は、もう目が見えなくなってしまったというサブリーン。 そもそも、バレンタインのチョコレート作戦を思い立ったのも、サブリーンの絵に出合った衝撃からだ。 正直、イラクを支援し続けることはそんなに簡単な事ではない。NGOも近頃は難しく、プロの組織として、仕事になるかどうかいつもそういう議論をしているから、多くのNGOは、イラクでの活動を終了したり、小さなNGOは、形ばかりの存続になってしまっている。そんな中でも頑張っているNGOやボランティアもいるし、もっと頑張れるのにやらないNGOもある。 なぜそうなってしまったかというと、メディアと同じで、大きな新聞やTVなどは、イラク国内で取材などしない。正直現地取材をやっているのは、NHKと、共同通信がたまに行くぐらい。 NGOも全く、イラクに入らなくなってしまった。これでは現場を伝えるものが何も無い。頭でっかちに平和構築だの、といてみた所でむなしいばかりだ。 そんな厳しい環境でJIM-NETが続けてこれたのは、サブリーンの絵の力があってのことだ。 だから、感謝の気持ちをうまく表現できて、未来につながるような、そういうキャンペーンにしたいなあと、頭を抱えている。 ![]() 病院で医者と話すサブリーン。 ![]() バスラからイブラヒムがやってきた。 最近嫁をもらったイブラヒムはすこぶる元気になっている。 しかし、バスラのインフラは悪く電気は一時間しか来ない。 住民の不満は爆発寸前の中で、サドル派が力をつけてきている。飛行場にカチューシャを打ち込んだりしているという。 しかし、それでみんなが幸せになれるわけではないのになあ。
CBSの報道によれば、米軍が家宅捜査中に、ハナン孤児院を捜査したところ、20人以上の裸のままの男の子が発見されました。
ベッドに繋がれていたり、自らの糞や小便にまみれていて、最初はしんでいるかと思われるようでした。 米軍の一人がバスケットボールを投げてみると中の一人が頭を上げたので生きていることが判明しました。男の子は24名で3歳から15歳。中の一人はほとんどしにかかっていて、数千のハエがたかっていました。目の中や、鼻や口の中にもハエが入っていました。 少年が動かせるものは、目の玉だけでした。 一方ケアセンターのオフィスには、衣服や食料のストックであふれていたとCBSのレポートは伝えています。 イラク軍と米軍は協力して男の子たちを保護し、医療支援を受けさせているとのこと。 マリキ首相は、調査して孤児院の責任者を罰するとのことです。 ![]() ![]() 写真はアラブタイムスから撮りました。
さて、西友にいくとなんとこんなものが売っていました。
![]() きゅうりではありません。これはズッキーニ。アラビア語ではクーサといいます。でも日本で売っているズッキーニは、苦瓜みたいにごつごつしています。 一個だけなぜか半端もので57円で売っていました。 となれば作ってみたくなるのがアラブ料理です。そこで突然ですが「クーサマハシー」に挑戦です。 ![]() まずこうやって中をくりぬきます。 ![]() そして中にご飯をつめます。にんじんもくりぬいて使います。 今日は玄米です。 さて、ご飯がこぼれないようにふたします。 ![]() 後はくりぬいた野菜ももったいないので、たまねぎとかブロッコリーも入れてスープを炊き込みます。味付けはコンソメ。アラブっぽく、クミンとかでパンチを効かせます。おっと、忘れては生けないのは、イブラヒム直伝のルーミー・バスラ。バスラのライムの干したものです。 これで酸味を出します。 ![]() これで、適当に煮込めば出来上がり。 ![]() 中もちゃんと煮ています。玄米の歯ごたえがまたいいですな。 本当は、ひき肉とか入れます。トマト味で煮込むこともありますね。 料理のコツはともかく、適当でいい加減であることです。 < 前のページ次のページ >
| |||||||