中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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ポルポト時代

11月4日
トルースレンというポルポト時代の刑務所が現在は博物館になっている。ちょっと時間ができたので連れて行ってもらった。
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ここは、高校の校舎を収容所にし、14000人が処刑された場所だという。
1975年から79年まで、3年8ヶ月、ポルポト政権が続いた。
クメール・リュージュは、20万人を処刑にしたというが、餓死なども含めて100万人以上が殺されたといわれ、人口の3分の1が殺されたことになる。
彼らが唱えたのが原始共産主義で、通貨は廃止され私財は没収され、教育は公立学校で終了した。農業を重視し、住民を都市から追い出した。医者や学者などは、処刑。めがねをかけているだけでインテリだとみなされて処刑された。

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この博物館には多くの殺された収容者の写真が展示されている。
一枚一枚が芸術作品のように見えてくる。
この写真は、生まれたばかりの赤ちゃんを抱えている母親だ。赤ちゃんは真っ先に銃剣で刺し殺されたという。

プノンペンから農村へ追い立てられた人々の中には妊婦もいて、途中で出産した例も多々あったという。レバノンでも似たような話があった。イスラエルに追われて、レバノンへ向かうパレスチナ人が途中で出産。石ころを拾ってへそのを自ら切ったという。
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クメール・リュージュの子ども兵士
すべてが狂気に狂っていたとしかいいようがないのだが、国際社会では、ポルポト政権が、反ソを掲げるという理由だけで、アメリカも中国も日本も、この政権を支援していた。
戦争なんて似たり寄ったりかも知れない。イラクで100万人以上が死んでいった経済制裁を支持してきたのは、国際社会。そして今回のイラク戦争にせよ多くの国が支持している。経済的な損得以外は彼らは、土地の人間がどれだけ死のうが無関心なのである。
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檻の中のポルポト。落書きされるのを避けるかのように檻の中に入れられてしまった。
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ポルポトの兵士たちの証言。
ナエム・ユン当時21歳。
刑務所で働いていたときは、やりたくてやったわけではない。そうしなければ生きていけなかった。選択肢はなかった。

多くのカンボジア人は、ポルポト時代の生き残りに対して許してもいいと思っているそうだ。
その数字は67%という調査結果もある。
このあたり、一体カンボジア人とはどういう文化や考え方をするひとたちなのか私には、わからないが、イラクにしてもいずれは戦争は終わり、人々は許しあう日がくるということか?しかし、アウシュビッツはどうなのか。ナチスは滅びても、イスラエルのパレスチナ人への虐殺は終わらない。土地を追われたパレスチナ人が戻る国はいまだにない。いずれはユダヤ人とパレスチナ人は和解はあるのだろうか。

雨が降ってきた。
ホテルに帰る。
アメリカの大統領選挙。オバマが圧勝したという。
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by kuroyonmaki | 2008-11-09 01:23