中東を拠点に国際協力の分野で活動する佐藤真紀のオフィシャル・ブログ コメントはkuroyonmaki@yahoo.co.jpまで


by kuroyonmaki
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JIM-NET会議が無事に終わる。

2月20日と21日にイラクのアルビルで開催された、第12回JIM-NET会議DSC00090

冒頭佐藤(副代表兼事務局長)が挨拶した。
「昨年、鎌田代表が、311で何が起きたかを皆さんに説明した。20,000人が死に30万人が避難民となった。
そして、私たちはみなさんの温かい励ましに心から感謝しなくてはならない。
ここにいらっしゃる皆さんも直接励ましのメッセージをくださった方もいる。そして、我々のスタッフのイブラヒムは、2007年初めて来日した。彼は、妻を失い、落ち込んでいた。そんな時に、私の友人は、日本の歌を彼に教えた。
「あしたがある」という歌だ。そして、イブラヒムは、震災の後、日本を訪れて今度は、日本のために「あしたがある」を歌ってくれた。おそらく、後程彼は、その歌を皆さんに聞かせてくれるだろう。
たとえば、。イラク政府は、8億円を義捐金として日本に届けてくれた。それとは別に、在日イラク大使閣下は、東京マラソンに参加し、大使館員からお金を集めてくれた。
そういったイラクからの温かい友情で私たちは結ばれている。
間もなく震災から、2年たとうとしている。日本は復興したのだろうか?
日本は最近内向きになっている。多くの人々は、経済成長にしか興味が無くなってしまった。
しかし、日本人の行動規範とでもあるべき、憲法には以下のような一文がある。
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」
我々は、再びイラクに目向け、がんの子どもたちの支援を続けたいと思う。今、シリアの内戦が激化している。皆さんが隣人として、心配しているように我々、日本人もやはり、この問題に目をつぶることはできないと思っている。皆さんと協力して、まずはこの会議を成功させたい。」
しかしながら、今回の会議は、バスラからの参加者はなかった。バグダッドの医師からもデーターがそろわない。データーは、患者の死亡率を正確に計算するためのもので、治療成績がよくなったのか悪くなったのかをモニターし原因を追究するためのものだ。結局、バグダッドからはセントラル小児教育病院、アルビルのナナカリ病院のデータしか集まらなかったのだ。しかも治療成績はここにきて悪くなっているのだ。
がんの治療に必要な薬。そして、輸血と、感染症対策。
+どこの病院も患者が増えて忙しく、きめ細やかな治療ができていないyという。「忙しい対策」をどうるのか、笑いごとではない。
会議を主催してきた井下は、こぼす。
「こんな状況なら、もうこれで最後の会議にする」
イラクの医師たちは、当惑した。
「イノシタがJIM-NETを離れるのか?」交流会でもイラクの医師たちが探りを入れてくる。
井下は、「それは明日発表する」と明言を避けた。
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最終日、井下は投げかけた。
「イラクの医師たちが忙しいのは理解できる。さらに、このような会議で負荷を増やしてしまう。
そして、わたしの専門性では限界だ。この会議そのものをやる意味はあるのだろうか?みんなで考えてほしい」
ドクター・マーゼンは、
「わたし達は、10年前は、エクセルというものも使ったことがなく、データーのつけ方を丁寧に教えてくれたのは、イノシタだ。
確かに、忙しい。でも忙しい中を厳しくデーターを要求してくれるイノシタがいないと、だれもそれをしなくなる。是非、イノシタにかかわり続けてほしい。」

「会議は刺激的です。いつも情報がほしい。孤立させないでほしい。イノシタの協力はいつでも必要とされている」
ナナカリーのペイマン先生は、
「わたし達は、4年前からこの会議に加えてもらった。そして、感染症対策をJIM-NETに支援してもらっているが、今回の会議でも、イノシタに指摘されたように、成果がでないことを恥ずかしく思う。それは、会議の在り方のせいではなく、私たちの管理の問題。私たちは、(彼に指摘された)問題点を改善しようと一生懸命になっている。これからもこういう場での指導を続けてほしい」
「確かに専門的なカンファレンスは、他でもできる。しかし、イラク人が集まってこうやってテーブルを囲み、話し合うことは、貴重な機会。JIM-NETがなければこのような機会は持てなかった。これからも、JIM-NET会議をやってこういう機会を作ってほしい」サルマ医師
イラクの医師たちは、驚くべき、チームワークを見せて、イノシタの引き留めに努めた。
全会一致で、JIM-NET会議の継続がきまり、イノシタが引き続きリーダーシップをとることで、一件落着した。
そして、井下医師には、金の馬賞がおくられた。
井下医師は、会議を振り返り
「バスラからデータが来なかったこと、そして、各病院の、初期死亡率が10%を超えてしまったことに危惧している。そんな中でもイラクの医師たちが私を求めていることは、嬉しいです。」と意欲を見せた。
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金の馬賞を受賞(?)

会が閉会しようとしていた時、イブラヒムが壇上に上がった。
「バスラの人たちは、JIM-NETに感謝している。特に患者の多くがJIM-NETに助けられてきた。今日私は、彼らを代表して、募金を福島の人々に届けたい。サトウは、募金は嬉しいが、患者からは集めるなといっていた。しかし、彼らの気持ちを抑えることはできない。是非、患者の家族から集まったお金を受け取ってほしい。」
イブラヒムはUSドルで625ドルを佐藤に手渡した。
そして、「みなさんと一緒に歌いたい」といって、「あしたがある」をうたった。(了)
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マーゼン先生も、イノシタ医師が去るのではないかと心配で、仕事が手につかなかったというように、イノシタの去就は、JIM-NETの存続にかかわる問題だった。改めて、イラクの医師の話をきき、井下医師のやってきたことは大きかった。医師たちの信頼を培ってきた地道な活動こそが称賛されるべきだと改めて感じることができた。
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by kuroyonmaki | 2013-03-05 02:34 | イラク情報